借地契約が満期になり、地主が更新拒絶をして、それに正当事由があると借地契約は終了します(これについては「借地の更新拒絶(契約終了の正当事由)」をご覧ください)。この場合、借地権者は、借地上の建物を取り壊して、土地を更地にして地主に返還することになります。しかし、建物にはそれなりにお金をかけているので、取り壊すのはもったいない、ということもあり、借地権者は、地主に対して、借地上の建物の買い取りを請求できます。借地権が消滅している前提ですから、借地権価格での買い取りは請求できませんが、代金額は、当事者間で合意できなければ裁判所が決めます。
ここでは、借地の建物買取請求権の内容、行使の要件、買取金額などについて、弁護士が解説します。ご相談もどうぞ。
【目次】
1.借地の建物買取請求権とは
2.行使する時期
3.行使の効果
4.建物買取請求の代金額
(1) 時価とは
(2) 場所的利益とは
(3) 場所的利益の基準額
5.建物に賃借人がいる場合
6.不要な借地と建物買取請求
1.借地の建物買取請求権とは
借地の建物買取請求権とは、 借地契約が更新しないで終了した場合に、借地権者が地主に対して、建物を買い取らせる権利のことです。(*1)
建物買取請求権が行使されると(「行使する」と地主に伝えれば足ります)、借地権者と地主の間で、建物の売買契約が成立します。
「請求権」とは言いますが、地主にはこれを承諾するか拒否するか選択する権利はありません。
その結果、建物の所有権が地主に移転します。借地権者は、売主として建物の引き渡し義務があり、地主は、買主として代金の支払い義務が発生します。
建物買取請求権の行使ができるのは、借地権が期間満了で終了した時に限ります。(*2)
それ以外の理由では、買取請求権は発生しません。
例えば、地代不払いなどの契約違反で借地契約が解除された場合には、建物買取請求権を行使することはできません。借地契約を合意解除した場合も、建物買取請求権の行使はできません。
また、契約期間中に、借地権者が、借地やその上の建物が不要になったので、地主に買い取ってもらいたいと思っても、買い取りに応じるかどうかは地主次第です。つまり、買い取りを請求する権利はありません。
(*1) 建物買取請求権は、契約で排除することはできません。契約書に買取請求を認めないと書いても無効です。
しかし、これには例外があります。定期借地の場合です。定期借地の場合、契約書に買取請求を認めないと書いてあれば、買取請求権がなくなります(定期借地以外の借地契約の場合、契約書にこのように書いてあっても無効です)。また、定期借地のうち、10年以上30年未満の事業用定期借地の場合には、法律上、建物買取請求権がありません。(▲本文へ戻る)
(*2) 建物買取請求権は、2種類あって、本文に書いてあるのは、借地借家法13条の買取請求権です。
この他、14条の買取請求権というものがあります。これは、借地権者から借地上の建物と借地権を譲り受けたものの、地主の同意が得られなくて、土地の返還をしなければならない場合に、建物買取請求権の行使ができるというものです(この場合、買取請求権の行使ができるのは、譲り受けた第三者です。なお、この買取請求権は、定期借地の場合にも適用され、合意で排除することはできません)。競売で、借地上の建物と借地権を買ったのに、地主の同意が得られなかったり、裁判所の許可が得られなかった場合(2か月以内に申立をしなかったので申立が認められなかった場合も含みます)も、これに当てはまるので、競落人は建物買取請求権を行為することができます(この点については「借地の競売・競落人は要注意」をご覧ください。ページが飛ぶのでここに戻る場合は画面上の左の「←」をクリックしてください)。実際にこの種の建物買取請求権を行使するのは、競落の場合だけだと思います。通常の借地権売買は、地主の承諾を条件に建物と借地を買い受けるが通常で、地主の承諾がないのに、借地上の建物を買い受けることはないからです。(▲本文へ戻る)
2.行使する時期
借地権者が更新請求したり、満了後も土地の使用を続けている場合に、地主が異議を述べ、その異議に正当事由が認められると、借地契約は期間満了で終了します。
しかし、正当事由があるかどうかは、最終的には裁判所が決めます。
そのため、地主は、借地権者に対して、建物収去土地明渡の裁判を起こします(建物を取り壊して土地を返せという裁判です)。
問題は、この裁判の途中で、借地権者は建物買取請求権を行使する必要があるかどうか、です。
結論を言うと、建物収去土地明渡を命じる判決が確定した(控訴期間中に控訴しなかったり、最高裁まで争っても借地権者が敗訴して、もうこれ以上争えなくなった状態)後でも、借地権者(借地権は終了しているので元借地権者になります)は、建物買取請求権を行使できます(最高裁平成 7年12月15日判決)。
もしも、裁判の途中で、建物買取請求権を行使しなければならない、とした場合、借地権者は、借地権が継続すると主張しながら、「もしも、負けた場合には建物買取請求権を行使する」と言わなければならないことになります。正面から正当事由を争っている場合には、そのような弱気の対応をすることなく、最後まで、強気の主張ができることになります。
しかし、裁判の途中で、借地権が消滅したと裁判所が認めることを条件に、建物買取請求権を行使するのはかまいません。この場合は、1つの裁判の中で、借地権が消滅したかどうか、その場合の建物買取請求権の代金額などが判断されます。敗訴の裁判の後でまたまた建物買取代金の裁判をするのも手間です。
3.行使の効果
建物買取請求権を行使する、という意思が地主に伝わると、その時に、建物について売買契約が成立したことになります。
代金額も決まっていないのに、売買契約が成立した、というのは、違和感を感じるかも知れませんが、法律上、そうなっています。
また、通常の売買契約では、特約で代金支払いの時点で所有権が移転する場合がほとんどですが、建物買取請求権の場合、権利行使をすると、その時点で、建物の所有権が地主に移転します。
しかし、建物の所有権が移転しても、建物の引き渡しをする必要があります。建物の内部に荷物がある場合には、売主(元借地権者)は、内部の荷物などを撤去して、建物を引き渡すことになります(*1)。
これに対し、建物を第三者に賃貸している場合には、建物の賃借人がいる状態のまま、地主に引き渡すことになります(建物の賃借人を退去させた上で地主に引き渡さなければならないのではありません)。
問題は、代金額です。これについては後でお話しますが、当事者で合意して代金額が決まった場合には、建物の明け渡しと引き換えに支払うことになります。代金額が決まらない場合には、裁判所が決めることになります。
(*1) 正確には、建物の引き渡しだけでなく、建物の移転登記をする必要があります。これらは建物の買取代金と引き換えでもかまいません。ただし、代金が支払われなくても、建物の引き渡しをしないと建物の占有を続けていることになり、その間の、地代相当の損害金を支払う必要があります(その分が代金額から差し引かれます。東京高裁平成17.6.29判決)。地主側が建物買取請求やその金額を争い、建物の受け取りを拒否した場合には、引き渡すので受け取りをするように通知すれば足ります。これでやるべきことをやったことになるので、損害金の支払い義務はそこで止まります(地主が引き取ると言ったらすぐに引き渡せるようにしておく必要があるので、再び使用を再開してはいけません)。(▲本文に戻る)
4.建物買取請求の代金額
(1) 時価とは
法律上、建物買取請求権が行使された場合の建物の代金額は「時価」ということになっています。
借地権が終了して、敷地を利用する権利がないことが前提ですから、「建物の時価」とは、建物を取り壊した材木としての価値しかないようですが、そうではない、というのが判例です。
判例は「建物が現存するままの状態の価格であって、敷地の借地権の価格は加算すべきでないが、この建物の存在する場所的環境は参酌して算定すべき」と言っています(最高裁昭和35年12月20日判決)。
何だそれは、という感じですが、建物の固定資産評価額のようなもの(土地や土地の利用権の価格とは別に、建物が建っている状態で建物の価格を評価したもの。つまり、建物の建築費用を時間経過で減額したもの)に、「場所的利益」を加えたものとされています。建物それ自体の価格は不動産鑑定士が通常の鑑定方法で算定できますが、「場所的利益」は、通常の鑑定手法では出てきません(しかし、鑑定を依頼すると算定してくれます。後でお話する競売評価の基準を参考にすると思います)。
(2) 場所的利益とは
そもそも、「場所的利益」というのが、わけの分からないものです。判例は「建物の敷地、その所在位置、周辺土地に関する諸般の事情」と言っています。
つまり、駅に近いとか、住宅街だとか、道路との関係その他の場所の価値ということです。
しかし、場所の持つ価値は、土地の価格に反映されているはずです。
そのため、「実質的には借地権価格の一部を借地権者に還元することになるが、借地権はすでに消滅したという建前なので、『場所的利益』という言葉を使っている」と解説する学者もいます。それによると、「借地権割合が6割の借地だった場合、地主の持っていた底地の権利は更地の4割だったのに、借地権の消滅で、10割の権利が地主に入る。それは、少々もうけ過ぎだし、6割の権利がなくなる借地権者も可哀想なので、地主が得た利益の一部を借地権者に戻す」のが、建物買取請求権だと説明しています。
そうだとすれば、更地価格の何割とか、借地権価格の何割という基準を一律に決めてもいいと思うのですが、事案に応じて幅があります。しかも、裁判例だと総合判断になるので金額の決め方は明確ではありません。
(3) 場所的利益の基準額
東京地裁の競売担当部の評価基準(裁判所の選任した不動産鑑定士が競売物件の評価をする時の基準)では、場所的利益は、「借地権権価格の20~30%を標準とする」とされています。競売担当部の基準も裁判所の基準ですから、判決などを参考に決めたと思います。
借地権価格の20~30%は、借地権割合70%だとすると、更地価格の14~21%になります。借地権価格60%だとすると、更地価格の12~18%になります。このあたりが一つの基準かと思われます(法律に決められているわけではありませんし、最高裁の判例で基準が示されているわけでもありません。また、競売担当部の基準は他の裁判部を拘束するものではないので、特定の案件で裁判所が決める価格が、この基準以下という場合もあり得ます)。
しかし、この幅は何かと言うと何とも言えません。判決の理由はまちまちで、概ね上記の基準の範囲内で、総合的に場所的利益額を決めたとしています。
5.建物に賃借人がいる場合
借地権者が借地上に賃貸建物を所有していて、建物に賃借人がいる場合があります。この場合に、建物買取請求権が行使されると、地主は、賃借人がいる状態の建物の所有権を取得することになります。つまり、地主が、建物の賃貸人になります。
もしも、建物買取請求権が行使されないと、建物は借地権者によって取り壊されます。借地権者が取り壊さなくても、建物収去土地明渡の判決によって強制執行手続で取り壊しが行われます。つまり、賃借人は建物から退去するしかありません。
ところが、建物買取請求権が行使されると、賃借人は、建物の所有者(建物の賃貸人)が元借地権者から地主に代わるだけで、とりあえず、建物の使用を続けることができます。
そこで、元借地権者が建物買取請求権を行使しない場合、建物の賃借人が、元借地権者に代わって、建物買取請求権を行使できないか、問題になりました(*1)。
しかし、この点について、最高裁判決は「できない」としました(最高裁昭和38年 4月23日判決)。
なお、元借地権者が建物買取請求権を行使した場合ですが、賃料収入がガンガンはいってくるような物件なら、地主も建物の賃借人を引き受けることは大歓迎です。しかし、そのような物件だったら、借地権の更新拒絶に正当事由が認められることは考えにくいです。どちらかと言えば、地主にお荷物になるような物件が多いと思います。老朽化して建て替えた方がいいような物件なら、建物の賃借人に立ち退き料を払って、退去させることになります(当然、地主が立退料を負担します)。いずれにしても、お荷物です。建物買取請求権の価格を決める時に考慮されることになります(一応収益物件なので、単なる空き家よりは高く評価されるのが一般です)。
(*1) 民法423条に「債権者代位権」という規定があります。これは、権利のある人(債権者と呼びますが、お金を貸している場合にはかぎられません)は、義務のある人に代わって、義務のある人ができる法律上の権利行使ができるという規定です。建物の賃借人は、建物の賃貸人(建物の所有者、つまり借地権者)に、その建物を貸すように請求する権利があるので、この権利に基づいて、建物買取請求権を代わって行使できないか、というのがここでの問題でした。 (▲本文へ戻る)
6.不要な借地と建物買取請求
建物買取請求権が行使できるのは、借地契約が期間満了で終了した場合です。
そこで、借地権者としては、もう借地も建物もいらないので、期間満了で契約を終了させたい、しかし、建物の取り壊し費用を負担したくないので、建物買取請求権の行使ができないか、と考える人もいます。
この点については、そのような場合でも、建物買取請求権の行使はできる、とされています。
しかし、地主が更新を望んでいる場合には、建物買取請求はできない。というのが、有力な学説(法律学者の見解)です。地主も土地を返してもらった方がいいので、本心では更新を望まないのですが、不要な建物を引き受けたくないので、更新すると言って建物買取請求を拒むという状況が想定されます。
借地権者が、更新しないという通知をして、期間満了で一方的に借地契約を終了させることができるかどうかは法律上はっきりしません(法律は借地権者を保護するため、更新することを原則にしています)。地主が同意すれば終了しますが、それは、合意解除とみなされる可能性があります。そして、合意解除の場合、借地権者に建物買取請求権は認められません。合意ですから、地主が買取請求を認めた上で合意解除することは可能ですが、そうでない場合には、借地権者は建物買取請求権を放棄したと解されます(地主がほしがるような建物なら話は別ですが、解体するしかない建物を、あえて地主が引き取って取り壊すことは考えにくいです)。
更新請求をしないで期間満了になった場合、借地の上に建物がある限り、借地権者はその土地を使っていることになります。そのため、遅滞なく地主が異議を述べないと、借地権は法定更新してしまいます。
そこで考えられるのは、期間満了の直後に建物買取請求権を行使することです。建物買取請求権の行使と同時に、建物の所有権が地主に移転するので、借地権に基づいて土地の使用を続けていることにはなりません。これだと、借地権者から一方的に、建物買取請求権を行使できることになります。
しかし、有名な解説書(法律学者の見解)には、このような場合でも「地主は更新を認める意思を表明して買い取りを免れることができる」と書いてあります。根拠は特に書いてありません。借地契約を続ける意思はないが、取り壊し費用を押しつけるために建物買取請求権を利用する、というのは、法律がこの権利を借地権者に認めた趣旨とは違うので、それが理由かも知れません。
裁判例ですが、更新請求をしないで、建物買取請求の通知をした事例について、借地権者の建物買取請求を認めたものがあります(東京地裁平成30年 3月29日判決)。この裁判で地主は、「借地権者が更新を求めないのだから、建物買取請求権も放棄したとするべきだ」と主張しました。しかし、裁判所は地主の主張を否定して、建物買取請求を認めました。
この事案は地主側も契約終了を望んだようなので、「地主側が更新を希望した場合でも建物買取請求ができるか」、というものではありません(その場合どうなるのかはこの判決では分かりません)。物件が賃貸物件なので、地主は建物の賃借人ごと建物を引き受けることになります。建物の賃料も安いようですが、地代よりは高いはずです。借地権者がいらないと言っている物件なので、地主も引き受けたくなかったとは思いますが、地主側に酷とまでは言えなかったと思います。
ただし、この判決は、法律情報誌には掲載されていません。また、判決には、建物買取請求権がなぜ認められるのか、詳細な理由が書いてあるわけでもありません。控訴したのかどうかも分かりません。このため、どこまで他の事例にも通用するのか分かりません。それでも、条文を読むとこの判決のとおりかなとは思います。
弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
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