遺留分は、基礎知識というレベルの話ではないと思うのですが、相続の相談を受けると、みなさん遺留分という権利があることを知っています。遺留分を侵害する遺言書を持って相談に来られた方がいましたが、相続開始からもう何年も経っているので、1年内の通知は出していないだろうなと思って念のため聞いてみたら、しっかり、通知を出していた、ということもありました。
 遺留分の話は、複雑な話になると、弁護士でも、専門書を確認しなければならないこともあります。それぞれの事案ごとに面倒な問題がありますが、それは直接、弁護士に相談してもらうことにして、ここでは、基礎知識ということで、基礎的なお話を弁護士がします。詳しいことはご相談をお受けします。

【目次】
1.遺留分とは
2.兄弟姉妹には遺留分はありません
3.遺留分侵害が問題になる場合
4.遺留分行使のための通知(時期の制限)
5.遺留分行使の手続
6.遺留分侵害額の計算
 (1) 被相続人に借金がない場合
 (2) 被相続人に借金がある場合
7.実際は遺産の評価という面倒な問題があります

 

1.遺留分とは

 遺留分とは、亡くなった人の財産のうち、一定の割合については、亡くなった人の自由にさせないで妻や子に確保されている権利です。権利の割合は、妻と子は、法定相続分の1/2です。
  例えば、妻と子が相続人の場合、妻には、遺産全体の1/4の遺留分があり(法定相続分1/2×遺留分割合1/2)、これが遺言で侵害された場合、侵害された分に相当するお金を請求する権利があります。(*1)
 子の場合は、一人っ子の場合、妻と同様、遺産全体の1/4の権利になります。兄弟姉妹がいる場合は全員、合わせて1/4になります。1人あたりの割合は、1/4を兄弟姉妹の人数で割ったものになります(A、Bの二人の子がいる場合には、それぞれ1/8の権利になります)。
 なお、子には、養子や代襲相続人(子が先に亡くなった場合の孫)も含まれます。

 「遺産全体」と言いましたが、通常、遺産というのは、亡くなった時に残っている財産のことを言います。しかし、遺留分の場合には、遺言で共同相続人に相続された財産や第三者に遺贈された財産や、一定の場合には、生前贈与された財産なども含めたものが、遺留分の対象になります。 

 妻や子は、このように遺留分を持っているので、遺留分を侵害するような遺言や生前贈与などがあった場合、相続開始後 に、侵害された財産相当分のお金を、生前贈与や遺言でもらった人に請求することができます。しかし、亡くなる前は、浪費して、遺産になる予定の財産を減らしていても、後で相続人になる妻子は何もできません。遺留分とは、そのような権利です。


(*1) 令和元年(2019年)7月1日以前に相続の開始(人が亡くなった)場合、遺留分の権利行使をすると、侵害された遺留分に相当する権利(土地だったら、その権利に相当する割合の持分)が戻って来ました(そのため、共有が発生します)。しかも、持分が戻るのは、1つの土地ではなくて誰かがもらった全ての財産です。ややこしい話です。2019年7月1日以降に亡くなられた場合には、遺留分が侵害された分のお金が支払われることになりました。それ以前も、共有になると言っても、最終的にはお金で解決したので、実質的にはあまり変わらないと言えます。(▲本文へ戻る

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2.兄弟姉妹には遺留分はありません

 親が相続人になる場合(子やその代襲相続人がいない場合です)、親にも遺留分があります。親の遺留分は、法定相続分の1/3です。相続人が親しかいない場合には遺留分は1/3ですが、妻と親が相続人の場合には、親の法定相続分は1/3ですから、その1/3で1/9になります。

 しかし、兄弟姉妹には、遺留分はありません(遺留分のことを知っていても、この点は誤解している人がいるので注意しましょう)。
 例えば、亡くなった人の兄と妹が相続人になる場合、親しくしていた妹には財産を相続させたいけれども、仲の悪かった兄には財産を相続させたくない、という場合には、「妹に全財産を相続させる」という内容の遺言書を作ればいいのです。相続が発生した場合でも、兄は妹に対して遺留分の主張はできません。

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3.遺留分侵害が問題になる場合

 遺留分侵害は、遺言によって共同相続人の特定の人に遺産を譲る場合や、第三者に遺贈する場合に問題になることが多いのですが、次の3つの場合には、生前贈与も問題になります

  ①亡くなる1年前にされた生前贈与
  ②亡くなる1年よりも前にされた生前贈与でも、贈与者(贈与をする人)と受贈者(贈与を受ける人)の双方が、遺留分権利者権利を侵害することを知っていた場合
  ③共同相続人に対する特別受益(生計の資本などとしての贈与)のうち、亡くなる10年前になされたもの
です(③については、2019年7月1日以前に相続開始の場合には、亡くなる10年前という制限はありません。2019年7月1日の相続から亡くなる10年前という制限が加わりました)。

 ごく単純な例で言うと、被相続人(亡くなった人)にAとBの二人の子どもがいて、他に相続人がいない場合に、被相続人が全財産をAに相続させるという遺言書を遺していた場合、BはAに対して、全財産の1/4相当のお金を支払うよう請求できることになります。
 また、被相続人が、子どもではなくて、第三者に全財産を遺贈するという遺言を遺して亡くなった場合、AとBはそれぞれ、その第三者に対し、全財産の1/4相当のお金をそれぞれ請求できます(相続人がAとBの2人の場合です。1人あたりは法定相続分×1/2です)。

 生前贈与が問題になる場合には、遺産に、上の①から③までの財産を合わせたものが全財産になります。遺留分は、その全財産に対する割合が権利になります。

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4.遺留分行使のための通知(時期の制限)

 遺留分の行使ができるのは、遺留分を侵害する遺言(例えば、第三者に全部譲るという内容の遺言)を知った時から1年です(正確に言うと「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知ったから1年) 。この1年以内に、遺留分の権利を行使するという内容の通知(金額などを書く必要はありません。遺留分が侵害されたことと、権利を行使することを書けば足ります)を、相手方に送らなければなりません。通知を送れば、裁判(遺留分侵害額請求をしたことを前提とする調停や裁判など)を起こすのは1年を経過した後でもかまいません。(*1)

 この1年の期間は、遺留分権利者が、遺言を有効と思ったか無効と思ったのかは関係ありません。例えば、認知症など、遺言能力の問題で、遺言書が無効だと思って、遺言無効確認の裁判を起こした場合(これについては「認知症・末期癌などによる遺言の無効」をご覧ください)でも、1年の期間は進行します。この場合、裁判所が遺言を無効だと認めてくれればいいのですが、有効だと判断した場合には、この1年以内の通知をしていなければ、遺留分の権利行使はできなくなります。
 裁判の途中の場合には、「遺言は無効と考えるが、念のため、遺留分侵害請求することを通知する」という内容の通知を送ります(通知を送りさえすればいいので、遺言の無効の裁判が敗訴してそれが確定した後で、遺留分侵害額請求の裁判を提起すれば足ります。遺言の有効・無効を争いながら、遺留分の裁判を並行してやるなどということは、やっていられません)。

(*1) 改正法が適用される前(2019年7月1日より前に相続開始の場合)、遺留分減殺請求と呼ばれていたころは、遺留分減殺請求の意思表示をすると、侵害された遺留分の分だけ不動産の持分が請求者に移転しました。そして、不動産は共有になるため、その後の時効はありませんでした。しかし、改正法が適用される場合は、請求権は、全て債権(お金を請求する権利)になったため、通常の債権の消滅時効にかかります。この債権の消滅時効は5年です(遺留分侵害額請求の意思表示をして債権が発生します。そのため、債権のあることを知っていることになります。消滅時効の期間は5年になります)。(▲本文に戻る

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5.遺留分行使の手続

 遺留分の紛争は、裁判をしないで話し合いで解決することもできます。
 裁判所を通して解決しようとする場合は、建前上は、まず家庭裁判所に調停を起こすことになっています。
 しかし、家庭裁判所の調停で解決しない場合には、地方裁判所で通常の裁判手続で解決することになります。離婚のように調停不成立の場合には家庭裁判所で裁判手続をするのではありません。また、遺産分割のように家庭裁判所の審判で解決するのでもありません。
 このため、家庭裁判所への調停の申立をしないで、直接、地方裁判所に通常の訴えを提起した場合でも、地方裁判所が家庭裁判所に移送をすることはしません。そのまま裁判手続を行います。

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6.遺留分侵害額の計算

(1) 被相続人に借金がない場合

 相続債務(亡くなられた被相続人の借金)がある場合には計算が複雑になりますが、ほとんどの場合、借金がないので、簡単な方から説明します。

遺留分額=法定相続分×1/2×遺産総額(遺言書で相続させる分や上記の生前贈与を含む)

 ただし、遺留分を行使しようとする人が、遺言などで財産の一部を譲り受けている場合や遺産分割によって取得する分があれば、その金額を引くことになります(あたり前の話だと思いますが)。(*1)
  つまり、
遺留分侵害額(請求可能額)=遺留分額-遺言などで譲り受けた財産額

 たとえば、生前贈与などを含む総遺産額1億円の場合、遺留分が1/4あれば、2500万円の遺留分額がありますが、遺言で1000万円もらっている場合には、これを引いた1500万円が遺留分侵害額になります。

(*1) 遺留分侵害額から減額するのは、遺言で譲り受けた財産だけではありません。生前贈与などの特別受益も含まれます。遺留分の侵害になる特別受益は、相続開始から10年前までのものになりましたが(改正法でそうなりました)、遺留分権利者が受けた特別受益には、10年の制限はありません。それ以前のもの(20年、30年の前のものでも)減額の対象になります。ただし、証拠がなければ話になりませんが。(▲本文に戻る

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(2) 被相続人に借金がある場合

 被相続人に借金がある場合のポイントは次の2つです。

 ①遺産総額の計算の時に、被相続人の債務(借金など)の総額を引く。
 ②遺留分侵害額(請求額)の計算の時に、遺留分権利者が負担する債務額(遺言などで指定があればそれによります)を加算する。
 なぜ、②で債務額を加算するかと言うと、債務の分だけ、遺留分権利者の財産額が減るからです。債務額の負担がなければ加算する必要はありません。

  具体的な計算は、次のとおりです。

 ①遺留分額の計算の時に、遺産総額(遺言書で相続させる分や上記の生前贈与を含む)から債務額を引きます。そして、それに対して、法定相続分×1/2(配偶者や子の場合)をかけたものが、遺留分額になります。

 つまり、
 ・遺留分額=法定相続分×1/2×{遺産総額(遺言書で相続させる分や上記の生前贈与を含む)-債務総額}

 ②遺留分侵害額(請求可能額)の計算の時に、自分の債務負担額を加えます
 また、遺言などで財産の一部を譲り受けている場合や遺産分割で取得する分があれば、その金額を引きます(この点は借金がない場合と同じです)。

 つまり、
 ・遺留分侵害額(請求可能額)=「遺留分額」+「自分が支払う債務額」 -「遺言書などで譲り受けた財産額」

  生前贈与などを含む総遺産額1億円の場合でも、借金がある場合にはそれを引いて遺留分額を算定するので、相続債務が3000万円の場合、遺留分額は、1/2×1/2×7000万円。つまり、1750万円になります。

 相続分侵害額(請求額)は、この1750万円に、相続によってその人が支払うことが予定された借金の額(遺言で指定があればその金額、指定がなければ法定相続分)を加えます(*1)
 そして、遺言で1000万円もらっていればこれを引きます。

 例えば、その人が支払うことが予定された借金の額が1500万円で、遺言で1000万円もらっていれば、1750万円+1500万円 -1000万円で、遺留分侵害額は2250万円になります。
 まったくもらっていない場合(遺産分割でも取得できない場合)には、3750万円になります。
 借金がある方が得したような感じに見えますが、その借金を相続債務の債権者に払う必要があるので、これを引いた取り分は、その人が負担する借金がない場合と同じになります。

(*1) 遺言で債務を負担する者を指定することができます
 例えば、全財産を子Aに全部譲るとともに借金も全てAに負担させるという遺言の場合です。このように明確に書いてなくて、遺言の解釈を通じて、債務の指定があったことが分かる場合もあります。全財産をAに譲るという遺言の場合、債務について何も書いてなくてもAに全部負担させる趣旨と解釈されます(最高裁平成21年 3月24日判決)。
 このように遺言で債務の負担者が指定されている場合、債務の負担をしないことになったBの相続分侵害額(請求額)の計算では、Bの債務の加算はありません。
 しかし、このような遺言に対し、債権者はこれを無視して、Bに対して法定相続分の債務の請求をすることができます。そして、Bは拒否できません(この点については、「債務と相続の放棄」の「分割協議や遺言で変更しても債権者しだい」をご覧ください)。しかし、Bが債権者から請求を受けて、実際に借金の支払いをした場合には、Aに対して、債権者に支払った分の請求ができます(上記の最高裁平成21年 3月24日判決)。つまり、Bが債務を支払った後で、遺留分侵害額請求とは別に、BはAに請求できるということです。
 このように、AとBとの間では最終的に遺言で指定された債務の負担で処理することになります。そのため、遺留分侵害額の計算でも、債務の加算は遺言で指定された債務額ですることになります(上記の最高裁平成21年 3月24日判決)。この判決の後で法律の改正がありましたが、改正法もこの判決のとおり解釈します。(▲本文に戻る

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7.実際は遺産の評価という面倒な問題があります

 先ほどの計算では、生前贈与額や遺産額などを○○円と数字で書きました。しかし、実際には、これが不動産だったりします。そうすると、この評価額が決まらないと、数字が決まらず、計算もできないことになります。
 不動産の評価額は、当事者間で合意で決めるか、鑑定で決めることになります。複数の不動産がある場合には鑑定費用がかかります。

 遺留分侵害額請求の裁判では、遺言などで特定の人が有利な扱いを受けたとして、その人が被告になります。その場合、複数の不動産が遺言などでその人にものになったいう場合が多く、不動産の評価額が低くなれば、被告になった人が有利になります。遺留分侵害額の請求をする原告は、不動産の評価額が高くなる方が有利になります。
 しかし、逆の場合(不動産評価額が高くなると、原告に不利になる場合)もあります。とりあえず、数字を入れて実際に計算してみないと、どうなるのが有利なのか分からない場合もあります。

 不動産が多い場合には、鑑定費用が高額になり過ぎるため、何とか協議して(関係者同士で同意して)評価額を決めたいところです。しかし、評価額が決まればあとは計算だけということもあって、簡単にはまとまりません。
 しかし、こんなに高い鑑定費用を払うくらいなら、その分を当事者間で分配した方がいい、ということで話がまとまることもあります。

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弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所  東京都港区虎ノ門5-12-13白井ビル4階 電話・03-3459-6391