本人が書いたはずの遺言書が、本人が書いたかどうか争われるのが、偽造された自筆遺言の紛争です。筆跡鑑定をすれば分かるという、単純な話ではありません。どんな争いになるのか、弁護士が解説します。ご相談もどうぞ。

【目次】
1.偽造された自筆遺言とは
2.筆跡鑑定だけを決め手にすることはできません
3.それでも筆跡の資料は必要です
4.遺言書に押してある印鑑
5.遺言書を預かった状況など
6.遺言の内容の合理性

1.偽造された自筆遺言とは

 偽造された自筆遺言とは、遺言者本人以外の第三者が無断で遺言者の名前を使って作った自筆の遺言書です。
 自筆遺言は、本文、日付け、署名が本人の自筆でなければいけません。本文をワープロ打ちしたものは無効です。また、代書してもらうのも無効です。つまり、本人の同意があってもなくても、第三者が書いたものは無効です。
 しかし、代書は当然に無効なので「これ代筆です」ということで遺言が裁判所に出されても、相手にされません。遺言の偽造が問題になるのは、本人が書いた文書(自署)という前提で出てきた遺言書が、本人が書いたかどうか争われるケースです。
 遺言をした人は亡くなっているので、本人に聞くわけにはいきません。筆跡鑑定すればすぐに分かる、という簡単な話ではありません。偽造かどうかが本格的に争われる場合には、裁判所に判断してもらうしかありません。

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2.筆跡鑑定だけを決め手にすることはできません

 公正証書遺言の場合は、公証人が、本人かどうかの確認をします。ところが、自筆遺言の場合には、本人確認の制度はありません。ただし、本文や名前など、原則として全文自筆でなければなりません(平成31年から、自筆でない目録を付けることができることになりましたが、本文は自筆でなければなりません。また目録も1枚ごとに署名が必要です)。自筆が要件になっているのは、筆跡で本人が書いたかどうかが分かるという建前があるからです。

 しかし、偽造かどうかが本格的に争われるケースでは、筆跡鑑定をしても決着が着きません(*1)
 遺言書とは別に、確実に本人が書いた文書があり、これと遺言書とを比べると、素人目にも、一見して筆跡が同じか、違うか分かる場合があります。
 ところが、そのような場合でも、双方(偽造だと主張する側と偽造でないと主張する側)がそれぞれ筆跡鑑定を依頼すると、全く逆の鑑定結果が出てくることがあります。どちらの鑑定書も、理由の部分には鑑定人の主観で決めているとしか思えない内容が書いてあります。

 例えば、同一人物の筆跡だという結論の鑑定書を読むと「本人が書いた別の文書と比較すると、この文字のどこそこの部分は同一人が書いた特徴が共通している。別の文字は本人が書いた字体と違うが、これは同じ人でもその時々で変化する部分なので問題ない」などと書いてあります。
 しかし、データが示されていません。特徴というのが、10人に1人なのか、100人に1人なのか、1000人に1人なのか分かりません。このため、特徴だと言われても、本当にそうなのか分かりません。また、同じ人でも違うことがあるという部分も本当にそうなのか分かりません
 「言葉ではうまく説明できないが、自分は達人で、その自分が言うのだから自分の鑑定が正しい」と言われているような気がしてきます。 違う結論の鑑定書を読んでいると、最初は素人目にもはっきりしていると思っていたのに、だんだん訳が分からなくなってきます。

 また、筆跡鑑定は書いてある字の特徴で本人のものかどうか判定する建前です。そのため、第三者が本人の字に似せて書いた場合には、偽造なのに本人の字の特徴があることになります。つまり、偽造でも、本人の筆跡だという結論が出る可能性があります。偽造文書かどうかが問題ですから、それでは困ることになります。

 こんな調子ですから、 裁判官は、筆跡鑑定を決め手にはできません
  筆跡だけでなく、押されている判子、遺言書を預かった状況、遺言書を書く動機(有利な扱いを受ける相続人との人間関係など)などを総合的に考えて、本人が書いたものかどうか判断することになります (筆跡鑑定人が太鼓版を押してくれたとしても、筆跡鑑定だけで十分と思うのは危険です) 。

(*1) 本格的でないケースはあります。検認手続(検認手続については「遺言書の基礎知識」の「自筆遺言の検認手続」をご覧ください)で、遺言が自分に不利な内容と分かり、いやがらせ的に「筆跡が本人のものかどうか分かりません」と言っている場合があります。もともと、本気で争う気がないので、本人の書いた別の文書や、本人の筆跡だという筆跡鑑定が出ると、それ以上争っても仕方がないと思って、それ以上争わない場合があります。(▲本文へ戻る

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3.それでも筆跡の資料は必要です

 裁判所が決め手にしないと言っても、筆跡を無視することは出来ません。
 筆跡鑑定を依頼する場合は当然ですが、筆跡鑑定を依頼しない場合でも、遺言書を書いたのが本人かどうか争いになっている場合には、実際に「本人が書いた文書」を集める必要があります。

 「本人が書いた文書」とは、確実に本人が書いたことが分かる文書(対照文書と言います)です。文書それ自体から本人が書いたことが分かるものが必要です。消印の押してある本人の手書きの封筒や葉書などが有効です(年賀状は消印が押してないものがあります)。この時、間違っても、自筆の部分だけを切り取ってはいけません。消印などを含めて全体が証拠になるからです。また、本人の署名を含めて、できるだけ遺言書に書いてある文字と同じ文字が書いてあるものが好ましいです。それぞれの文字が比較できるからです。

 ただし、いくら長い文章が書いてあっても、「これは、本人が書いたものです」という「証言」がないと本人が書いたことが証明できないものは、好ましくありません。文書そのもの(文書が入っていた封筒などを含めて)から、本人が書いたことが分かるものが望ましいです。何がいいのか分からない場合は、弁護士に相談してください。(*1)

 本人が書いた文書を見て、素人目でも、筆跡が似ているか、違うかが分かる場合もあります。専門家の意見がない場合でも、裁判官の心証に影響します。
 ところが、病気の影響などで字がうまく書けなくなり、素人目では筆跡の判断が難しい場合もあります。そのような場合には、筆跡鑑定の依頼を考えることになります。
 また、相手方が、筆跡鑑定書を出した場合には、できることならそれに対抗する筆跡鑑定があった方がいいです。(*2)

 偽造だと主張する場合には、本人が書いたものでないことを証明する必要があります。証明の勝負どころが「本人がこんな遺言をするはずがないかどうか」ということだったとしても、相手方が「本人の筆跡だ」という筆跡鑑定を出したり、素人目で本人の筆跡と似ていると思える場合には、裁判官は「不自然な点もあるかも知れないが、偽造ではない」という結論に傾きます。そこで、「似ているけれど本人の筆跡ではない」という鑑定ができるなら鑑定書を出して、裁判官に「筆跡だけでは判断できない」と思ってもらう必要があります。

(*1) 筆跡鑑定人は、問題になっている遺言書と、提出された対照文書の筆跡が、同一人のものかどうかを鑑定するのが仕事です。対照文書が適当かどうかは、鑑定人は口を出さないのが普通です(文字が読み取れないなど、判断材料としての適否については言ってくれますが)。対照文書で一番問題になるのは、それが本人が書いた文書と証明できるかどうかです。その判断は弁護士の仕事です。(▲本文へ戻る

(*2) 筆跡鑑定人によっては、原本でないと鑑定できないと言う人もいます。コピーでは筆圧が分からないというのが理由です。しかし、遺言書は一通しかないので、偽造を主張する側は遺言書の原本が入手できないのが普通です。探し当てた鑑定人が原本でなければ鑑定はできない、という場合はその人に依頼するのは諦めるしかありません。しかし、鑑定人によってはコピーでも文字の特徴が分かれば鑑定できるという人もいます。つまり、原本でないと鑑定できないかどうかも鑑定人によりけりです。(▲本文へ戻る

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4.遺言書に押してある印鑑

 自筆遺言の要件の1つとして印鑑を押すことが必要です。その印鑑は、実印の必要はなく、指印でもいいし、他人の印鑑でもいいことになっています。しかし、遺言書が本物かどうか問題になる場合には、どの印鑑を使ったのかが重要になります。他人の印鑑を押すことはあり得ないし、普段使っていない印鑑を押すのも不自然だからです。

 本人が通常使っている印鑑と違う印鑑が押されている場合は、偽造の疑いが持たれます。
 印鑑登録してある実印でない場合でも、その印鑑を本人が別の機会にも使っていたことが証明されれば(そのような別の文書を探す必要があります)、本人が書いたことの証明になります。つまり、偽造でないことの証明になります。
 逆に、本人が使っていた印鑑でも、本人以外の人も使えるような保管をしていた場合には、偽造されたことを証明する手段の1つになります(印鑑を使える人が偽造した疑いのある場合です)。

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5.遺言書を預かった状況など

 自筆遺言は、遺言書で有利な扱いを受ける人が保管していて、その人が遺言書の検認を申し立てるのが普通です(検認手続については、「遺言書の基礎知識」の「自筆遺言の検認手続」をご覧ください)。
 このため、いつ、どのような状況で、遺言書を預かったのかも、遺言書が本物かどうかの重要な要素になります。

 「自分が同居して親の面倒を見ていた。そして、親から「遺言書」と書いてある封筒を渡された」ということになると、とりたてて、不自然ではありません。
 これに対し、「親は施設に入っていて、亡くなった後で荷物を整理していたら、遺言書がでてきた」と言う場合には、少々不自然です。
 遺言が本物かどうか争いになるのは、遺言の内容が特定の人に有利になっている場合です。そのような遺言なのに、なぜ、有利になる人に遺言を書いたことを知らせなかったのだろうかと疑問になります。また、たまたま、遺言で有利に扱われる人が遺言を見つけたことが、不自然な場合もあります。

 また、検認の時期も注意が必要です。
 遺言書を預かっていたと言うのに、そのことを言わないで遺産分割協議の話をして、それが揉めてから遺言書があったと言って、検認申立をした、という場合は、偽造の疑いを持たれて仕方がありません(それだけで決まるわけではないですが)。

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6.遺言の内容の合理性

 本人が、その内容で、遺言を書く理由があったかどうかは、重要です。
 問題になるのは、特定の人に特に有利な内容の遺言です。その人と遺言者の関係がどうだったのか、また、不利に扱われる人と遺言を書いた人との関係がどうだったのかは重要です。
 ただし、遺言の内容は、書いた人の主観的なものです。他人から見て合理的とは限りません。ある程度「それもあり」ということであれば、偽造の疑いは薄いと考えられます。つまり、「俺はあんなに親のために尽くしたのに、何もしなかった弟を優遇するのはおかしい」と思っても、「それもあり」の範囲内のことはありがちです。

 もめるケースの中には、遺言書が何通も書かれている場合があります。1通目の遺言と2通目の遺言の内容が、逆になっているケースもあります。兄弟で親の奪い合いをして、自分に有利な遺言を書かせようとする場合などは、偽造でなくても、1通目の遺言と2通目の遺言の内容が逆になっていることがあります。また、1通目を書いた後で、人間関係に変化が起こり、2通目が逆の内容になる(人間関係が変化したので、遺言書を書き直した)こともあります。
 ところが、そのような事情がないのに、1通目と2通目が逆になっている、しかも、1通目は人間関係からみて合理的なのに、2通目は合理的ではないという場合には、偽造の疑いが強くなります。

 例えば、会社の経営者の場合、会社の後継者として期待した人に「会社の株式を相続させる」という遺言を書くのが合理的です。そして、その内容で1通目の遺言書を書いたのに、2通目の遺言で会社の経営に関与したことがない人に株式の大半を譲ることにした、という場合、1通目と2通目の遺言を書く間に相当な事情がないとあり得ないことになります。

 遺言の偽造を認定した大阪高等裁判所平成20年11月27日判決の事案は(少々複雑なので簡略化しますが)は以下のような内容です。
①遺言者の長男Aは遺言者の要請で会社の経営を引き継ぎ,代表取締役社長に就任してその発展に尽力し,遺言者も,日ごろからAに感謝していた。また、従業員及び取引先も,遺言者が亡くなったらAが会社を引き継ぐことを当然の前提としていた。
②一方Aの弟のBは大学卒業後一貫して銀行に勤務し,遺言者とは離れた住所地に居住し,会社の経営に関与したことは全くなかった。
③遺言者が最初に作成した第1遺言は、 Aに会社の株式の大部分を取得させるという内容だった。
④ところが、その後に作成された第2遺言の内容は、第1遺言を撤回した上で,Bに対し,遺言者が持っていた会社の株式の大部分(5分の4)を相続させるという内容だった。

 このような事案について、大阪高裁は、
①遺言者が第1遺言で、Aに会社の株式の大部分を取得させ,会社の経営を承継させようとしたのはごく自然なことである。
②遺言者が第1遺言を撤回して第2遺言を作成するとしたら、相当な事情がなければならないのに、そのような事情が認められない。つまり、第2遺言の内容は、著しく不自然・不合理である。
として、第2遺言を偽造だとしました(判決理由は色々書いてあります。上記は遺言書の内容についての部分です)。

 これだけ読むと、あたり前のように見えますが、実は、この一審の大阪地裁(平成19年 5月23日判決)は、第2遺言は偽造ではない、としました。つまり、控訴審の大阪高裁で逆転判決になったわけです。
 一審では、B側から第2遺言は偽装ではない(遺言者が書いた)とする筆跡鑑定が出されました。これに対し、Aの側からは、第2遺言の筆跡は遺言者の筆跡ではないという鑑定を出しました。つまり、双方からそれぞれ結論の違う筆跡鑑定書が出されたのです。

 一審の判決は、「筆跡鑑定は,鑑定人の主観による部分が大きい」と言いながらも、Bの側の鑑定書が信用できるとして、偽造ではないとしました。 判決文では分かりませんが、おそらく、第2遺言の筆跡が、遺言者本人の筆跡に相当似ていたのではないかと思います。
 これに対して、大阪高裁は、「遺言が偽造された場合,偽造者は本人の筆跡に似せて文書を作成しようとする。だから、文字に共通点や類似点が多く存在し,その数が相違点より多いからといって,それだけで偽装でないとは言えない」ことなどを理由として、Bの側の筆跡鑑定だけでは結論は出せないとして、一審をひっくり返しました。

 遺言を偽装するというのは、認知症の親に自分に有利な遺言書を書かせる場合に比べても、遙かにハードルが高いです。そこまでやるか、という意識を裁判官も持つと思います。
 つまり、相当な根拠がないと偽造という結論を出しにくいと思います。

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弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
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