亡くなった人の預金が着服された、という疑いを抱く場合があります。
同居人がいた場合、他の相続人は、預金はどうなっていたのか聞きます。「これだけ」ということで通帳を見せられ、「こんな少ないはずはない」と思うことがあります。見せられた口座にほとんどお金がなくて、入出金もなくて、生活費などはどうしていたんだと思う場合もあります。また、亡くなる直前に、多額のお金が払い戻されていたという場合もあります。ほとんど施設にいたのに、長年に渡って、口座から払い戻されていたという場合もあります。
こんな場合、他の相続人は、どうすればいいのか、弁護士が解説します。ご相談もどうぞ。
【目次】
1.亡くなった人の預貯金の調査
2.亡くなった後で預金が引き出されていた場合
3.金融機関を相手に裁判をする場合もあります
4.亡くなる前に預金が引き出されていた場合
(1) 被相続人が関与している可能性があります
(2) もらったのなら特別受益の問題になります
(3) もらっていないと言っても特別受益を認定した裁判例があります
(4) 被相続人の状態によっては不法行為になる場合もあります
1.亡くなった人の預貯金の調査
相続人であれば、他の共同相続人の同意がなくても、被相続人(亡くなられた方)が預金していた銀行に対して、取引履歴(取引明細)を出すように請求ができます(請求の時から10年前までの取引履歴を出してくれます。郵便局は8年です。ただし、通常はそんなに古いものは必要ありません)。取引履歴を見れば、亡くなられる前の預金が引き出された状況が分かります。また、亡くなられた後に預金が引き出されたかどうかも調べることができます。
ただし、これは被相続人が預金していた銀行の支店が分かっている場合です(郵便局の場合は支店が分からなくても可能です)。
被相続人がどこの銀行のどこの支店に預金していたのか、全く分からないという場合は、お手上げです(取引していた支店が1つでも分かれば、同じ銀行の他の支店に預金があるかどうか教えてくれます)。
例えば、親Aが亡くなり、Aと同居していた共同相続人BがAの面倒を見て預金なども管理していた場合、共同相続人Cは、BがAの預金を勝手に使ったのではないかと疑います。しかし、Bが知らないと言うとお手上げです。
とは言え、全く預金口座がない、というのもおかしいので、Bも1つくらいは知っている口座があると言うかも知れません。そこにはほとんどお金が入っていないので、他にも口座があるのではないかと思われる場合には、Bが知っている口座の取引履歴を確認すると、他の口座が判明することがあります(履歴に送金先や入金先が記載されている場合です。なお、銀行の合併や支店の統合の関係で同じ支店に複数の口座がある場合がありますが、その場合はその支店で教えてくれます)。
そこで、被相続人の口座が分かった場合です。その口座の取引履歴を調べてみたら、多額のお金が引き出されていた、という場合、2つのケースがあります。1つは亡くなった後で引き出された場合です。そして、もう1つは亡くなる前に引き出された場合です。
2.亡くなった後で預金が引き出されていた場合
まず、亡くなった後でお金が引き出されていたケースからお話します。
銀行預金などの債権については、遺言がない限り、相続が発生すると法定相続分で当然に分割される(各相続人が法定相続分に応じて、債務者に請求できる)というのが古くからの最高裁の判例でした。しかし、平成28年12月19日の最高裁の決定で預金に関してはこの判例が変更されました(その他の債権については従来どおりです)。
その結果、遺言がなければ、預金も遺産分割の対象になり、遺産分割協議や調停、審判で遺産分割されないと各相続人に分割されないことになりました。つまり、遺産分割前に、各相続人が単独で払い戻しを銀行などに請求することはできないことになりました(なお、平成28年の最高裁判決前も、共同相続人全員が合意すれば、預金も遺産分割の対象にできます。そのため、預金も含めて遺産分割協議をすることは普通に行われていました)。
そこで、BとCの2名が同じ相続分(1/2)の共同相続の場合に、Bが亡くなったA名義の500万円の預金を全額引き出したとします。判例変更前の解説だと、相続開始(Aが亡くなった時)と同時に500万円の預金が、250万円ずつに分割されたことになります。それなのに、BがCの分の預金も勝手に下ろしたことになるとされていました。
判例変更の結果どうなるのかと言うと、相続開始後、遺産分割前は、500万円の預金は、BとCが共有の形で銀行と契約していることになります。そして、BもCも、それぞれ共有持分という権利を持っています。共有なので、共同でないと払い戻しできません(判例変更前から相続人全員の同意がないと払い戻しに応じない金融機関もありました)。
それなのにBが勝手に全額を引き出すとどうなるかと言うと、Cは遺産分割前の共有持分権を侵害されたことになります。判例変更前とどこに違いがあるかと言うと、この問題に関しては、実際上は、ほとんど違いがないと言っていいと思います。判例変更後も、権利を侵害されたCは、権利を侵害したBに対して、損害賠償請求ができることになります。 (*1)
もっとも、Bが引き出したお金の一部を葬儀費用に使ったなどと言う場合もあり得ます。葬儀費用は、遺産分割の問題ではないのですが(被相続人が亡くなった後の話ですから)、この問題も含めて合意をすれば、遺産分割協議をすることができます。
しかし、話し合いで解決できなければ、Cは自分の権利が侵害されたということで、地方裁判所に損害賠償の請求をすることになります。(*2)
(*1)相続人でない第三者が預金を勝手に引き出した場合、共同相続人のBとCはそれぞれ自分の持分が侵害されたということで、その第三者に損害賠償ができます。(▲本文へ戻る)
(*2)2019年7月1日以降に相続開始(被相続人が亡くなった)の場合、この問題に関して、新しい規定が適用されます。民法902条の2という規定です。この第2項では、死後の遺産を勝手に処分した共同相続人がいる場合、この相続人を除いた全部の相続人が同意すれば、処分された財産を遺産に含めて遺産分割手続をすることができることになりました(これ以前も、全部の相続人が同意すれば可能でしたが、改正で、処分した者が反対しても可能になりました)。
その結果、処分された財産は処分した者が取得するという内容で遺産分割ができます。このようにすると、その分、残っている財産の中から、その者が取得できる財産を減らすことができます。
ただし、不動産の持分のように登記簿に残るものはともかく、預金の場合、誰が処分したのか、また、その者のためだけに処分されたのか(相続債務の返済や葬儀費用等に使われていないか)などについて、激しく争われる場合もあります。そうなると、調停委員では対応出来ない場合もあり得ます。調停委員が容易に対応できない場合には、民事裁判で決着を着けるよう説得されることもあると思います(困難な対応を調停委員に迫るよりは、民事裁判をやった方がいいと思います)。
3.金融機関を相手に裁判をする場合もあります
亡くなった後で預金が引き出されたというケースは、被相続人が亡くなったことを金融機関に知らせず、被相続人から委任を受けたことにして、預金の払い戻しをするというのが通常のケースです。
最高裁の判例変更前は、遺産分割をしなくても、被相続人が亡くなると法定相続分に応じて、預金が当然に分割されるため、各相続人が金融機関に預金を持つことになります。このため、他の相続人が自分の分の預金を下ろしても、金融機関に落ち度があれば(怪しいと思うのが当然という状況があるのに、金融機関が支払いに応じた場合)、自分が相続した預金(先ほどの例で言うと250万円)は下ろされたことにならず、金融機関にその払い戻しを請求することができました。
判例変更後は、遺産分割未了の共有の預金になるので、各相続人の預金というものがありません。しかし、判例変更後も、銀行に落ち度があれば、遺産分割前の共有持分を侵害されたということで、銀行に対して、損害賠償を請求することができます。
しかし、金融機関の落ち度を証明するのは、かなり難しいです。勝手に払い戻しをした人に、お金がない場合(多額の借金があって払い戻したお金を使ってしまったような場合。つまり、勝訴してもお金が取り戻せない場合)でなければ、払い戻しをした人を相手に損害賠償を請求した方が簡単です。払い戻した人に請求する場合には、その人に権限がないことを証明すれば足ります。しかし、金融機関に賠償請求する場合には、それに加えて金融機関の落ち度を証明する必要があります。
4.亡くなる前に預金が引き出されていた場合
(1) 被相続人が関与している可能性があります
被相続人が亡くなる前に預金が引き出されていた場合には、やっかいな話になります。被相続人が関与している可能性もあるからです。上記のA(被相続人=預金名義人)とB、Cの例で言うと、CとしてはBが勝手に引き出したと疑っても、Bが「知らない、Aが自分で引き出してどこかで使ったのだろう」と言われるとお手上げです。(*1)
Bが「Aに無断で、お金を引き出して使ってしまった」ことを認めている場合には、Bの行為は、亡くなる前のAに対する不法行為になります。CはAが生前持っていたBに対する損害賠償請求権を相続することになります。この場合も、損害賠償請求権は、BとCの2人で相続することになるので、CがBに請求できるのは、無断で引き出された預金額の半分になります。
(*1)最近は本人確認をしたかどうか記録されているので、金融機関に確認すれば、A本人が引き出したのか、BがAの代理人として引き出したのか分かる場合があります。それでも、BがAから頼まれて払い戻しをして、Aにお金を渡したと言われるとお手上げです。ただし、Aの口座からBの口座に送金されている場合には、Bはこのような言い訳ができません。(▲本文へ戻る)
(2) もらったのなら特別受益の問題になります
しかし、Bが無断で預金を引き出したことを認めることはほとんど考えられません。それでも、Aからもらったと言う可能性はあり得ます。
その場合には、特別受益の問題になります (遺産総額に対して、BがAからもらっていた金額が小さい場合などは、特別受益ではないとされます) 。この場合、BがAからもらった分を相続財産に加えます。前記のように、Aに500万円の預金があり、Bがこれをもらったという場合には、この金額を相続財産の全額に加えます。他に財産が2000万円あれば、総額は2500万円になり、その1/2は1250万円になります。Bはすでに500万円をもらっているので1250万円から500万円を引くことになります。このため、Bは750万円、Cは1250万円分の財産を相続することになります。残っている2000万円の財産をこの割合で分けることになります。
このような特別受益の問題は、原則として遺産分割調停の手続で解決する問題になります。
ただし、これはあくまでも、BがAの生前にAの預金の中からお金をもらったことが判明した場合です。家庭裁判所や調停委員が調べてくれるわけではありません。預金の取引履歴などを確認するなどして調査する必要があります。
(3) もらっていないと言っても特別受益を認定した裁判例があります
もらったと認めない場合でも、その人が預金を取得したと裁判所が認定し、特別受益を認めた判決があります。
被相続人が生前、介護を要する状態で、預金を引き出した人がその人の預金を管理していた(預金の引き出しを任されていた)場合、引き出された預金のうち、被相続人の生活費、その他の必要経費以外のお金は、預金を引き出した人が取得したと裁判所が認定した例があります(東京地裁平成20年 4月25日判決 )。
この裁判は、遺留分減殺請求訴訟で、遺言と上記の特別受益で、遺留分が侵害されたとして地方裁判所で裁判になった事案です(遺留分とその裁判については、「遺留分とその行使」をご覧ください。ページが飛ぶのでここに戻る場合は、ページの上の左の「←」をクリックしてください)。
この種の事実判断は、家裁の審判よりも、地方裁判所の裁判手続の方が、向いているのかも知れません。しかし、遺留分減殺請求(2019年7月1日以降に相続開始の場合は遺留分侵害額請求)でないと特別受益について、地方裁判所の手続を使うことはできません。
遺産分割事件(これは家庭裁判所の調停と審判で行います)の前提として、地方裁判所に、特別受益の確認を求める訴訟ができるかどうかについて、最高裁は否定しました(最高裁第三小法廷平成 7年 3月 7日判決)。結局、遺留分の事件でないと地方裁判所の手続を利用することはできません。
(4) 被相続人の状態によっては不法行為になる場合もあります
上記の東京地裁の判決の事案は、被相続人は足が悪くて自分で預金の払い戻しができなかったという事案です。 つまり、Aに障害があるとは言え、Bにお金をあげるかどうか判断する能力がある場合だったので、特別受益の問題になりました。
しかし、Aの障害の程度が重大で、会話や意思疎通が不可能な状態だった場合には、Aは人にお金をあげることができません。Aの預金を管理していたのがBで、Aのために使ったと合理的に考えられる額を越えた出金は、Bが無断で使ったと推測されます(*1)。この場合は、Bの行為は不法行為になり(一種の横領です)、Aの生前に、AからBに対する損害賠償請求権が成立します。そして、Aが亡くなるとその1/2がCに相続されます(BとCがAの相続人の場合です。Bが相続人でない場合には全額Cが相続します)。
この損害賠償請求権は、遺産分割の対象にはなりません(預金以外の債権は、相続開始と同時に、相続人に法定相続分で当然に分割されたことになります)。このため、Cは、家庭裁判所を通さないで、行使することができます。つまり、CはBに対する損害賠償請求の裁判を地方裁判所に起こすことができます。
(*1) このような重大な障害がある場合は施設等で介護されているのが通常です。このため、Aのために必要なお金は、施設に対する費用などに限定されると推認されます。Bがこれを争う場合には、Bの側で、Aのために支出したことを明らかにする必要があります。(▲本文へ戻る)
弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
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