遺産の中に現金があればいいのですが

 「子Bには現金○○円を相続させ、その余の財産は子Aに相続させる」という遺言は、珍しいものではありません。Aに相続させる「その余の財産」の中に不動産など高額なものが含まれていて、Bに相続させる現金の額の方が少ないのが普通です。つまり、「Bにはお金をあげるから、それ以上文句を言うな」というのがこの種の遺言の趣旨です。

 しかし、Bに相続させる現金の額が非常に多い場合もないわけではありません。金額が多いだけならともかく、その金額に相当する現金や預金が遺産にない場合もあります (実際にそういう話がありました)。
 その場合、どうなる? ということで、現金(お金)を相続させるというケースについて、弁護士が解説します。

【目次】
1.預金の中からと書いてあるのに預金が足りない場合
 (1) 遺言をした人が生前に払い戻すなどしたために、預金が不足した場合
 (2) 共同相続人や第三者が預金を勝手に下ろした場合
2.預金の中からと書いてなくて、預金も現金もない場合
 (1) 他の財産を処分してお金を作るのが原則です
 (2) お金をもらえる人は誰に請求するのか
 (3) 支払うお金が遺産の総額を超えている場合
3.Aには土地、Bには現金を相続させるという遺言の場合
 (1) 1通の遺言書に書いてある場合
 (2) 2通の遺言に分かれていた場合
4.複数の相続人に現金を相続させるという遺言の場合

1.預金の中からと書いてあるのに預金が足りない場合

(1) 遺言をした人が生前に払い戻すなどしたために、預金が不足した場合

 遺言で預金を相続させる場合、「○○銀行の預金をBに相続させる」と書いてあるのが普通です。中には、「○○銀行の預金の中からBに2000万円を相続させる」と書いてある場合があります。この場合、○○銀行の預金の残高が遺言を書いた時よりも減っていて、相続させるという2000万円に足りない場合もあります。その場合、遺言をした人が亡くなった時の預金の残高が限度になります。(*1)
 通常、預金が減ったのは、遺言を書いた人が生前に引き出したからです。この場合は、遺言書を書いた人の生前の処分によって、遺言の一部が取り消されたことになります。

 中には、遺言を書いた時から、○○銀行の預金が2000万円に足りない場合もあり得ます。例えば、遺言を書いた時点で預金残高がもっとあると思ったとか、後で入金があると期待したということが考えられます。この場合、どちらにしても、遺言を書いた人は、相続開始時(その人が亡くなった時)に、2000万円の預金があることを前提として、それをBに相続させようとしたと考えられます。そのため、その人が亡くなった時に、2000万円の預金がなければ、Bが相続するのは預金の残高が限度になります。

 例外的に、「預金残高がなくても、Bに2000万円を相続させる」意思だったことが遺言書の記載から分かる場合もないわけではありません。この場合は、正確には、「預金の中から」ということではなく、2000万円の現金を渡すという遺言になります。このため、Bは、不足分を預金以外の他の財産から受け取ることができます(遺言執行者などが他の財産をお金に換えてBに渡すことになります)。


(*1) 相続人がAとBの2人だけで、Bに「預金の中から2000万円」、Aに「その余の財産を相続させる」と遺言の場合には、話は簡単で、本文に書いたとおりになります。ところが相続人が3人いて、Bに「預金の中から2000万円」、Cに「預金の中から1000万円」、Aに「その余の財産を相続させる」という遺言の場合、Cはどうなる、という問題が起こります。この場合には、BとCとで、預金の残金を2:1で分けるというのが、遺言者の遺志だったと解釈するのが通常です。(▲本文へ戻る

▲目次へ戻る

(2) 共同相続人や第三者が預金を勝手に下ろした場合

 共同相続人のAが、遺言者が亡くなった後で、預金の払い戻しをしてしまい、預金が2000万円よりも不足した場合には、Bは2000万円に不足する分(Aが勝手に下ろした分のうちBの権利を侵害する分)について、Aに返すように請求できます。遺言をした人が亡くなった時点で、預金のうち2000万円はBのものになるので、AはこのBの権利を侵害したことになるからです。

 遺言者が亡くなる前にAが払い戻した場合には、その払い戻しを遺言者が承諾したかどうかで違いがあります。
 遺言者が承諾したことなら遺言者自身が下ろした場合と同じです。生前処分による遺言の一部取消になります。

 遺言者が承諾していないのに、Aが判子を無断で使うなどして下ろした場合には、Aの行為は遺言者に対する不法行為になります。この場合、遺言者が亡くなる前なら、遺言者はAに対して不法行為による損害賠償ができます。遺言者がこの権利を行使する前に亡くなった場合(無断で払い戻されたことを知らないで亡くなった場合など)には、Aに対する損害賠償請求権が、遺言でBに相続されたことになります。つまり、BはAに対して、2000万円のうち、Aが勝手に下ろした分を支払うように請求できます。(*1)

(*1)民法999条1項に「 遺言者が、遺贈の目的物の滅失若しくは変造又はその占有の喪失によって第三者に対して償金を請求する権利を有するときは、その権利を遺贈の目的としたものと推定する。」という規定があります。これは本文のような場合に、「遺言者の気持ちは、たぶん、こうだったんじゃないか」と推定するという意味の規定です。遺言者の真意は違った、という証拠がある場合には、この規定は適用されません。具体的な遺言の内容が、これとは違う場合や、遺言者が生前に、預金が無断で払い戻されたことを知りながら、Aの行為を後から許したような場合は、Bに賠償請求権を相続させることにしたとは言えないことになります。

▲目次へ戻る

2.預金の中からと書いてなくて、預金も現金もない場合

(1) 他の財産を処分してお金を作るのが原則です

「預金の中から」と書いてなくて、「現金○○円をBに相続させる」という遺言の場合はどうでしょうか。
 例えば、亡くなった時には預金残高が0で、現金もなく、他の財産(不動産など)を処分しないとお金が作れない場合には、他の財産を処分してBに対して2000万円が支払われることになります。
 預金や不動産を相続させる、という遺言の場合には、亡くなった時にその預金や不動産が遺産の中にない場合には、遺言のその部分は無効になるのが原則です(*1)

 ところが、現金の場合には、遺産の中に現金がない場合でも、遺言は有効です。このため、他の財産を処分するなどして現金を作る必要があります。(*2)

(*1) 預金や不動産の場合には、遺言を書いた人が生前に処分してなくなったかどうかに関係なく、預金や不動産が遺産の中にない場合には、遺言のその部分は無効になるのが原則です。ただし、 例外として「他人所有の○○の不動産を手に入れて△△に渡せ」という遺言もあり得ます。その場合は遺言は有効です。相続人がその不動産を手に入れて、遺言に書いてある人に渡すことになります。もう1つの例外は、生前に無断で預金の払い戻しが行われたような場合です。(▲本文へ戻る

(*2) 裁判例は見当たりませんが、学説ではこの考え方が有力です(新版注釈民法(28)226ページ)。なお、ここでは「現金○○円をBに相続させる。その余の財産はAに相続させる」という内容の遺言を前提にお話をしています。Aにも特定の財産を相続させることが遺言に書いてあり、それを処分しないとBに渡す現金がない場合については、後でお話します。(▲本文へ戻る

▲目次へ戻る

(2) お金をもらえる人は誰に請求するのか

 この場合、遺言執行者がいれば、遺言執行者が他の財産を処分して現金2000万円を作り、これをBに交付することになります。
 問題は、遺言書で遺言執行者の指定をしていない場合です。AとBの話し合いで解決すれば問題はないのですが、そうでない場合には、Bが、遺言執行者の選任を家庭裁判所に求めるのが原則的な解決方法です。

遺言執行者の選任申立をしないで、BがAを相手方にして2000万円を支払えという裁判を起こすことはできないかという点については明確な裁判例を見つけることができませんでした。
 しかし、「相続人以外の人に現金を遺贈する」という遺言は、遺贈を受ける人に、相続人全員を相手に現金を支払うよう請求する権利を与えるものだと解釈されています。共同相続人間の場合も同じだと考えられますが、Bが共同相続人のAとB(自分)を相手に裁判するというはの変な話ですから(BがBを相手に裁判をするという変な話になります)、BはAに対して2000万円を支払えという裁判を起こすことができます。なお、話が複雑になるので、他の財産のことは考えないで説明しています。他の財産の内容次第では、B自身も支払い義務があり(BがBに支払う義務があるという意味です)、Aには1000万円しか請求できないこともあり得ます。

▲目次へ戻る

(3) 支払うお金が遺産の総額を超えている場合

 この場合、2000万円が遺産の総額の範囲を越えている場合には、第三者への遺贈の場合でも、共同相続人の1人に対する場合でも、請求を受けた相続人は、遺産総額の範囲内しか払わないと主張することになります。説明の仕方は色々ありますが、遺言者の意思としても(すでに亡くなっているので解釈するしかありませんが)、それが通常の意思だろうと思われるからです。
 ただし、遺言が「相続財産の範囲を越えた場合でも、2000万円を支払う」と解釈できる場合には、相続人は遺産を越える部分について、自分の財産から支払いをしなければならないことになります。これはほとんど借金の相続と同じです。支払いをしなければならない相続人としては、相続の放棄を検討することになります。 (*1)。

(*1) 遺産がある場合で、相続人に遺留分がある場合には、相続の放棄よりも、遺留分の請求をした方が有利な場合があります。

▲目次へ戻る

3.Aには土地、Bには現金を相続させるという遺言の場合

(1) 1通の遺言書に書いてある場合

 Aにも特定の財産(不動産など)を相続させるという遺言の場合、つまり、「Aにはこれこれの土地を相続させる。Bには現金○○を相続させる」という遺言の場合です。

このような遺言で、相続の時に預金や現金がない場合はどうなるのでしょうか。

 この場合、預金がなくても、Aに相続させる不動産以外にも財産があれば、そこからBに相続させる現金を作ることになります。そのような財産がない場合や、財産があっても2000万円に足りない場合が問題になります。

 現金を相続するというBを、不動産を相続するAよりも優先させる理由はありません。 通常は、遺言を書いた時点では、それなりの預金などがあり、それが相続開始の時には残高が少なくっていたことが考えられます。その場合には、遺言書に直接書いてなくてもBには「Aに相続させる不動産以外の財産の範囲内で」現金○○円を相続させることにしたと解釈するのが合理的です。

しかし、それは一通の遺言書に、「Aに不動産、Bに現金」と書いてある場合の遺言の解釈の話です。 2通の遺言書に分かれていた場合には、ややこしい話になります。

▲目次へ戻る

(2) 2通の遺言に分かれていた場合

  実際にあった話ですが、「Aにこれこれの不動産を相続させる」という遺言をして、後で「Bに現金○○円を相続させる」という遺言をしたケースがありました(*1)。この場合でも、遺産の範囲で、Aに不動産を相続させた上で、Bに○○円の現金を相続させることができるような財産があれば問題はありません。しかし、そのような財産がない場合でも、「Bに現金を相続させる」という遺言は原則として有効です。

 この場合に、遺言書に「遺産の中からBに現金○○円を譲る」と書いてあれば、Bに現金を譲るためには、Aに相続させるという不動産を処分するしかないことになります。このため、「Aに不動産を相続させる」という遺言を取り消したと考えられる場合があります。(*2)

「遺産の中から」と書いていない場合には、「Aに不動産を相続させる」という前の遺言と、「Bに現金○○円を相続させる」という遺言は、矛盾しないことになります。つまり、Aは不動産を相続した上で、Bに現金○○円をどこからか調達して(不動産を処分してもいいし、他の自分の財産や借金をして)支払うことになります。

(*1) 通常は、公正証書遺言の場合、後の遺言で、前の遺言をどうするのか書いてあるのが普通です(例えば「Aに不動産を相続させるとした遺言を取り消す」と書いてあるなど)。ところが、公正証書遺言なのに、前の遺言をどうすると書いていないものが実際にありました。遺言者が前に遺言を作成したことを公証人に言わなかった場合には、理解できますが、その遺言書は単に「Bの現金を相続させる」としか書いてなくても、前の遺言書でAに相続させるとした不動産を含めて、遺言者の他の遺産について全く記載がありませんでした。 (▲本文へ戻る

(*2) どちらなのかは、後の遺言の文言や、後の遺言を書いた時の具体的な状況によります。例えば、後の遺言を書いた時点で、Aに相続させるという不動産を処分しないとBに相続させる現金を作ることができない場合には、後の遺言で取り消したことになります。そうでない場合には、Aに相続させる財産以外の財産の範囲でBに現金を贈るという意味に解釈できます。(▲本文へ戻る

▲目次へ戻る

4.複数の相続人に現金を相続させるという遺言の場合

 相続人が、A、B、C、Dの4名で、4人とも遺言者の子の場合に、B、C、Dの3名にそれぞれ、現金3000万円ずつを相続させるという遺言があったというケースがありました(人から聞いた話をアレンジした創作です)。

 そして、B、C、Dの3人が、Aにそれぞれ3000万円、合計9000万円を払うように請求しました。この遺言の前に、Aに不動産を相続させるという遺言がありました。その不動産以外に遺産はないのですが、Aは要求に応じなければならないでしょうか。

 まず、ここでも、前の「Aには土地、Bには現金を相続させるという遺言の場合」と同じ問題が起こります。1通の遺言に書いてあった場合には、通常はAには土地を与え、他の財産からB、C、Dに現金を贈るという意味に解釈されるのが通常です。しかし、1通の遺言書でも、2通に分かれていた場合でも、Aが相続する不動産とは別に、とにかく、B、C、Dにはそれぞれ3000万円贈る、という場合もあります。
 しかし、この場合、AがB、C、Dの3人に合計9000万円払わなければならないのか、というと問題があります(そのように遺言書に明確に書いてあれば、問題にはなりません。明確に書いてない場合には問題が起こります)。

 誰かに現金を贈るという遺言がある場合、現金を贈るのは相続人の義務になります。この場合、義務があるのは、全ての相続人になります。Aに与える土地以外にも財産があって、そこから支払われる場合は問題ありません。しかし、そのような財産がない場合には、全ての相続人の義務になります。つまり、Bに3000万円を贈る、という義務は、Aだけでなく、CもDも負担しなければならないことになります。この場合、A、C、Dは3000万円をどう負担するのかと言うと、3人の法定相続分が同じなら、それぞれ1/3ずつ負担することになります。つまり、 A、C、Dはそれぞれ1000万円をBに渡すことになります。Bは3000万円もらえますが、今度はCとDに1000万円ずつ支払うことになります。結局、B、C、Dの手取りはそれぞれ1000万円になります。Aは全部で3000万円を支払うことになります。

 ただし、 お金をもらえるB本人も共同相続人だから、義務も負担していると考えることもできます(この点について明確な裁判例がないので断言できません。この話のモデルになった裁判もどうなったのか分かりません)。つまり、Bに支払うお金をB自身も負担していると考えることもできます。そうだとすると、A、B、C、Dがそれぞれ1/4ずつ、750万円を負担することになります。AはB、C、Dの3人に750万円を払うので、合計2250万円を払うことになります。これに対して、 B、C、Dの3人は、それぞれ3000万円をもらえるのですが、Aと同様、2250万円を支払う(それぞれ自分に対して750万円を払います)ことになるので、結局、3人の手取額は、750万円になります。3000万円もらえるはずが半分にもならないことになりますが、これはあくまでも他に財産がない場合です。

 遺言書に書いてある具体的な内容にもよりますが、このような処理をする場合もあるのではないかと思います。
 実際に判決が出ていないので分かりませんが、今後、この種の事案があった時に裁判所がどう判断するのか、興味があります(実際にこのようなケースに直面している方は、ご相談ください)。
 ただし、相続人間でもめることは間違いありません。これから遺言を書く場合には、注意するのが一番です。

▲目次へ戻る

▲TOPへ

弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎ノ門5-12-13 白井ビル4階  電話 03-3459-6391