賃貸借契約が終了すれば、賃借人は賃貸人に賃貸物件を返すことになります。その時に、賃借人には、賃貸物件の原状回復義務があります。しかし、原状回復と言っても、賃借人はどこまで責任を負うのか、居住用と事業用で違いはあるのか、賃貸人指定業者から法外な工事見積が来て原状回復工事が進まない場合など原状回復に関連するトラブルが発生することがあります。これら、建物賃貸借契約が終了して建物を明け渡すときのトラブルを弁護士が解説します。ご相談もどうぞ。

(目次)
1.通常損耗は誰の負担か
 (1) 原状回復義務とは
 (2) 通常損耗について敷金から差し引ける場合

2.事業用の物件の原状回復義務
 (1) 原則は変わりません
 (2) 通常使用の損耗の程度が問題になります
 (3) 契約書などに書いてあれば、そのとおりにする義務があります

3.原状回復して明け渡すという条項と違約金
 (1) 明け渡しに関する違約金
 (2) 賃貸人の指定業者の原状回復工事
 (3) 原状回復工事をしないで明け渡しをする
 (4) 工事代金を争う

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1.通常損耗は誰の負担か

(1)原状回復義務とは

 賃借人は、建物を明け渡すときには、借りた時と同じ状態にして、建物を明け渡す義務があります。これを「原状回復義務」といいます。
 建物内に入れた家具、備品などを運び出すのは当然ですが、賃借人が建物に傷をつけるなどしてその修理が必要な場合には、賃借人がその修理をする必要があります。修理しないで賃貸人に明け渡した場合には、賃貸人は、その修理費用を賃借人に請求できます。
 ただし、貸した時から傷があったと賃借人が主張する場合もあります。貸す時点で互いに点検しておくことが、後々のためになります。

 問題になるのは、このように誤って傷を付けたのではなくて、賃借人の通常使用によって建物の床や壁などが傷んだ場合です。
 建物の賃貸借は、契約の締結から終了まで年単位になるのが普通です。そして、その間、賃借人は建物を使用しています。このため、貸した時からの時間経過と賃借人の通常の使用によって、壁紙や床など建物内部は損耗します。これを通常損耗と言います。

 建物の賃貸借契約は、賃借人が建物を使用することを前提として建物を貸し、その対価として賃料をもらう契約です。賃借人が建物を使用することは当然の前提ですから、その間の建物の通常損耗は、賃料によってカバーされていると考えらます
 このため、通常損耗については、原則として修理費を賃借人に請求することはできません

 なお、この種の問題は、退去した賃借人が敷金の返還を求める場合に具体化します。 敷金は、賃貸借契約が終了し、建物の明け渡しを受けた後に返還します。賃料その他、賃借人が払うお金を払っていない場合には、敷金から差し引くことができます。賃借人が支払わなければならない原状回復費用も、敷金から差し引くことができます。賃借人が誤って傷つけた場合には敷金からその修理費用を差し引くことができます。しかし、通常損耗の修理費用は、原則として賃借人に請求できないので、敷金から差し引くことができません。賃借人は、通常損耗による修繕費用を引かれていない額の敷金の返還を求めることができます。

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(2)通常損耗について敷金から差し引ける場合

 とは言え、例外はあります。契約書に通常損耗の場合でもその修理費を賃借人が負担することが書いてある場合です。
 ただし、単に「原状回復は通常損耗も含む」と書いてあればいいわけではありません。
 最高裁判所の判決(平成17年12月16日判決)によると、「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されている」ことが必要だとしています。なお、最高裁も、契約書に書いていなくても、賃借人に通常損耗の修理費用を負担をさせることができる場合があると言っていますが、その場合は、契約書に書いてあるのと同じように明確に合意されていることが必要だと言っています(契約書とは別の書面で明確に合意しないとダメということです)。

 どの程度、契約書に書いてあればいいのかと言うと、裁判所の扱いは結構厳しいです。
 1つ1つの項目ごとに修理費用(金額)を明記した上で、それが通常損耗による場合でもこれを賃借人が負担することが明記されている必要がある場合もあります(この点は賃借人が事業者か事業者でないかによって異なります。事業者については、「 事業用の物件の原状回復義務」をご覧ください )。

 なお、新規契約の場合はともかく、最初の契約の時にはこうした条項がなく、その後の契約更新の時に新たにこうした条項を追加する場合には、契約更新前にはなかった義務を賃借人に負わせることになります。賃借人に何らかのメリットがない場合、賃借人が新たな義務を負うことを理解していなかったと判断される可能性もあります。

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2.事業用の物件の原状回復義務

(1) 原則は変わりません

 事業用の物件、特に、飲食店などの場合、契約後に内装工事をしたり、また、居住用や事務所などと比べると、 建物の使用中に、相当な損耗が生じます。
 しかし、通常損耗についても賃借人が負担するという特約がない場合、契約終了時の「原状回復」は、内装等を撤去して借りた時の状態に戻すことに限定され、通常損耗は原状回復の対象にはならない、ということになります。

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(2) 通常使用の損耗の程度が問題になります

 飲食店などの場合、長年使用すると「通常に使用した」と言っても、居住用や事務所などに比べると、損耗の程度はかなり厳しくなります。
 飲食店のケースではなく、オフィスのケースですが、新築物件を賃貸したのに明け渡し時に損耗の程度が激しかった事案について、契約書に記載された「造作その他を賃貸借契約締結時の原状に回復しなければならない」との条項は、「通常の使用による損耗、汚損をも除去し、本件建物を賃借当時の状態にまで原状回復して返還する義務」を定めたものだとした裁判例があります(東京高裁平成12年12月27日判決)。
 ただし、その後の裁判例の流れを見ると、現在では、この条項ではそこまでの義務を認めてもらえない可能性があります。上記の東京高裁の事案は、その賃借人としては通常使用だったようですが、契約終了時の損耗の程度がかなり激しかった事案です(新築物件を賃貸したので、損耗の程度が激しいことが分かりやすかったと思います)。賃貸人にしてみれば「オフィスの通常損耗の程度ではないだろう」と言いたくなるケースでした(「通常損耗ではない」と主張しても認められた事案ではないかと思います)。

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(3) 契約書などに書いてあれば、そのとおりにする義務があります

 この問題も契約でしっかり合意してあったかどうかが、がポイントになります。
 例えば、損耗が激しいかどうかに関わりなく、「スケトルンにして返す」と書いてあれば、それは有効だと判断されます。

なお、借りた時の状態がスケルトンなら特に書いてなくてもスケルトンで返すことになりますが、新築物件でない場合、前の賃借人が内装をして、その状態で次の賃借人に貸す場合があります。その場合は、契約書に単に「原状に復して明け渡す」と書いてあるだけでは、当然にスケルトンにして返さなければならない、ということにはなりません。
 しかし、契約書に「スケルトンにして返す」と書いてあれば内装を設置したのが誰だったとしても、スケルトンにする義務が認められます。

 また、特に損耗がなくても、壁、天井等のクロスなどを取り替えると書いてあれば、そのとおりにする義務があります。このようなことまで要求するのは、次の入居者が使用できるようにするためです。住居などの場合には、明渡後に賃貸人がリフォーム工事をして次の入居者が使用できるようにしますが、それを原状回復という名目で退去する賃借人にさせるということです。事業用ですから、契約で明確に内容、範囲が決めてあれば有効です。

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3.原状回復して明け渡すという条項と違約金

(1) 明け渡しに関する違約金

 事業用の建物賃貸借の契約書には「契約終了後に直ちに建物を明け渡さなかった場合には、明け渡すまで1か月あたり、賃料額の倍額の違約金を支払う」という特約がある場合があります(事業用の場合は普通に書いてあります)。
 この特約は、有効です。

 このような特約がない場合でも、賃貸借契約が終了した場合には明け渡すまでの間、これまでと同じ賃料額のお金を損害金として支払う必要があります(明け渡すまで建物をそのまま使用しているのだから当然です)。

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(2) 賃貸人の指定業者の原状回復工事

 明け渡しに関しては「原状回復して明け渡す」と書いてあるのが普通です。事業用物件の場合も同じ条項が書いてあるのが普通です(原状回復義務の内容については「事業用物件の原状回復義務」をご覧ください)。

 ところが、事業用の物件の場合には、原状回復義務に色々な特約がついていて、単に室内の備品を撤去するだけでなく、壁や床の貼り替えその他、「原状回復工事」という形になる場合があります。(*1)

 そのような工事を賃借人が選んだ業者にやられてしまうと、後で別の人に貸す時に都合が悪い状態にされてしまう可能性があります。また、賃借人は、できるだけ安く工事をやってもらいたいので、杜撰な工事がされる可能性があります。そのため、契約書には、通常は「原状回復工事は賃貸人の指定する業者が行う」と書かれています。

 このため、賃貸人の指定する業者の「原状回復工事」が終わらないと、賃借人は明け渡しができなくて、いつまでも違約金を支払わされることになりそうです。

 そこで「賃貸人指定の業者が工事の見積をして、その金額を支払えば、原状回復義務を免除する」という趣旨の条項が入っている場合があります。
 ところが、見積をするのは、あくまでも「賃貸人指定の業者」です。見積額が高い(場合によっては、原状回復義務がないと思われる工事が含まれている場合もあり得ます)と思っても、見積額にクレームをつけると、業者は原状回復工事をしてくれません。
 他の業者に原状回復工事をやらせたいと思っても、賃貸人が拒否します。契約書に「原状回復工事を行うのは賃貸人指定の業者」と書いてあるので、賃貸人の承諾がないのに他の業者に工事をさせることはできません。

(*1) 飲食店などの賃貸の場合は、店舗によって内装も変えるため、スケルトンにして返還させるのが通常です。しかし、オフィスビルの場合は、退去後に次のテナントが使用できるようにするため、退去するテナントに、壁、床、天井などを新しい状態させる場合が多いです。通常損耗の補修を賃借人の負担でさせることになるので、契約書に明確にその内容や範囲が記載される必要があります。(▲本文に戻る

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(3) 原状回復工事をしないで明け渡しをする

 退去するつもりなのに、賃貸人指定の業者が原状回復工事しないので、いつまでも違約金(賃料の倍額など、賃料よりも高くする特約が付いているのが普通です)を支払わなければならない、というのは賃借人に酷です。だからと言って、賃貸人指定の業者の言うままに、高すぎると思われる見積額の支払いに応じなければならない、というのも不当な話です。

 この点について裁判所は、「原状回復して明け渡す」 と契約書に書いてある場合でも、「原状回復義務と明け渡しは、別」という考え方です。
 特に、「賃貸人指定の業者が原状回復工事をする」という条項の場合には、「原状回復工事をしなくても、明け渡してしまえば、違約金はそれで終了。ただし、後で原状回復工事の費用を請求されれば適正な金額については支払わなければならない」というのが裁判所の考え方です(東京地裁平成18.12.28判決など)。

 とは言え、「明け渡すと言っても、賃貸人が応じてくれないのではないか」と心配になります。実際に、賃貸人が、原状回復工事が終わっていないことを理由に、受け取りを拒否するケースがあります。
 しかし、賃借人が、備品の搬出など自分でできることをやった上で、賃貸人に対して、明け渡しをするので受け取ってほしいと通知して、これに対して、賃貸人が受け取りを拒否すれば、賃借人はやるべきことをやったことになります。その後で、部屋の鍵を賃貸人に送るなどして、賃貸人が自由に原状回復工事ができるようにすれば、明け渡しは完了したことになります(つまり、占有が賃借人から賃貸人に移転した、ということです)。

 このように言うと、さっさと鍵を送ってしまえばいいのか、と思うかも知れません。しかし、上記のとおり「やるべきことをやった」のでないと、明け渡しが認められない可能性があります。

 また、入居当時、賃借人が自分で業者を選んでその業者に内装工事をしてもらう場合があります(工事は賃貸人の承諾を得てやることになります)。賃借人が選んだ業者がやった工事の場合、賃貸人側では、内装の撤去など原状回復工事が難しい場合があります(*1)。この場合には、賃借人が原状回復工事をしないと(この場合は、賃貸人も「賃貸人指定の業者」に拘りません)、明け渡しとは認められないことになります(東京高裁昭和60.7.25判決)。

(*1)入居時の内装についても、賃貸人指定の業者でなければしてはならない、と契約書に書いてある場合があります。内装を賃貸人指定の業者がやった場合には、その撤去も、賃貸人指定の業者ができるので、問題はありません。(▲本文へ戻る

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(4) 工事代金を争う

 とりあえず、物件の明け渡しをして違約金が増えるのを避けられたとしても、後で原状回復工事の代金請求の問題が起こります。
 通常、保証金を入れてあるので、保証金の返還を請求して、それに対して、賃貸人が工事代金を控除したと主張して、工事代金額の争いになります。工事代金額が保証金の額を越えれば、越えた分の請求が来ます。
 この場合、賃貸人の請求する工事代金額が高すぎると思えば、それを争うことになります。

 しかし、実際問題、工事単価の高い安いを争うのは難しいです。他の業者に見積をしてもらっても、どちらが正しいのか客観的には分かりません。また、業者ごとに値段が違うのは、仕方がないと判断されます。原状回復費の一般的な相場(年間賃料額との比較など)が公表されていますが、それと比較して高いと言ってもそれだけではダメです。しかも、賃貸人はすでに業者に工事代金を支払い済みという建前で主張していますから、賃貸人に文句を言う話ではない、と言われる可能性が高いです。

 これに対し、工事の個別の事項について、原状回復義務があったかどうか、と言う点は、争う余地があります。そのためには契約書をよく確認、検討する必要があります。
 そして、建物を明け渡す前に、室内の状況を写真など詳細に記録しておく必要があります。本来は、入居した時に、その時の状態も詳細に記録しておく必要があります。

 契約によっては、入居した時の状態よりもいい状態にして返還するという合意をする場合もありますが、通常はあり得ません。多数のテナントが入居している商業ビルの場合、定型的な契約書式を利用しているため、入居時にはなかった設備を設置しなければならないと記載してある場合があります。しかし、実際には、他の貸室にはその設備があったので、定型的な契約書にその設備を退去時に設置するように書いてあっただけで、入居時にその設備がなかった場合にまでそれを設置させようとしたのではない、という場合があります(この点、入居時の写真などがないと証明が難しくなります)。

 また、賃借人に請求できるのは、実際にかかった原状回復工事費用です。ところが、次に入居するテナントの要望で、契約上の原状回復をしないで、別の工事をする場合もあります(例えば、原状回復の内容としてAタイプの床の設置をすることになっているのに、次のテナントの要望でBタイプの床を設置した場合)。その場合、別の工事費の支払い義務がないのは勿論ですが、工事していない原状回復工事の分(Aタイプの床の設置工事)も、支払い義務がないことになります(*1)


(*1) 上記のケースは、賃借人が複数の部屋を借りていて、その一部を返した際に原状回復費が問題になったケースです。しかも、廊下から内部の床が見える状態だったケースです。通常は、退去してしまうと、その後、どういう工事が行われたのか賃借人側では分かりません。しかし、上記のようなこともあり得るので、何らかの方法で確認することも検討すべきです。工事終了後の状況について、賃貸人に確認を求めることも考えられます。裁判中なら、賃貸人も応じます。そうしないと、工事完了の証明ができないからです(工事完了の証明ができないと工事代金の請求はできません)。(▲本文へ戻る

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4.関連記事

 原状回復義務が問題になるのは、この費用が敷金から差し引かれたとして、敷金の返還額を巡るトラブルが発生したときです。同様の問題が、賃借人が修繕義務を負うとする特約がある場合に起こります。
 また、敷金返還を巡る典型的なトラブルではないのですが、賃借人の債権者が、敷金の差押えをする場合があります。

●「賃借人が修繕義務を負うとする特約
 通常は、賃貸人が賃貸物件の修繕義務を負いますが、賃借人が修繕義務を負うという特約をする場合があります。単に賃貸人が修繕義務を負わない、というだけでなく、積極的に賃借人に修繕義務を負わせる趣旨だとした場合、賃借人が修繕しないときは契約終了の時に敷金からこれを差し引くなど、原状回復義務と同じようなトラブルが起きます。

●「敷金が差押えられた
 

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弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
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