前の建物所有者から建物を買い取った賃貸人からの立退要求

【目次】
1.賃貸物件を買い取ると賃貸人の地位を承継します
2.主張できる正当事由に制限はありません
3.建替えなどはオーナーチェンジかどうかで変わりません
 ア.居住用は不利に扱われる可能性があります
 イ.建替えの場合
4.立退料の金額
5.前の所有者の解約申入などは引き継げません
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1.賃貸物件を買い取ると賃貸人の地位を承継します

 もともと賃貸人でなかった人が物件を買い取って、物件の所有者になると、賃貸人の地位は当然に、前の所有者から新しい所有者に移転します(これをオーナーチェンジと言います)。新しい所有者は、建物の移転登記をすれば、賃借人に対して、自分が新しい賃貸人になったことを主張でき、その結果、正当事由があれば、賃貸借契約の更新を拒絶するなどできることになります。

 なお、これは、売買など通常の取引で建物の所有権を取得した場合です。
 抵当権が設定してある建物(ごく普通の話です)の抵当権が実行されて競売になり、その競売で建物を買い取った場合、話は全く違います。(*1)

(*1) この場合、抵当権の登記よりも後に入居した賃借人(ほぼ全ての賃借人が当てはまります)は、競売での建物売却後、6か月の猶予期間が与えられるだけです。6か月後には退去しなければならず、立退料どころか、敷金も返還されません。猶予期間中も、賃料相当のお金を払わないと直ちに退去させられます( 新所有者と新たな賃貸借契約を結ぶことができればいいのですが、新所有者の意思次第です)。
 なお、平成16年3月31日よりも前に賃貸期間3年以内で建物賃貸借契約をして、その後更新が繰り返された場合、短期賃借権の制度が適用されます(この制度はすでに廃止され、廃止前の賃借権だけに適用されます)。この場合、競売の差押えの登記の前に更新していれば、更新後3年の期間の賃借権の主張ができ、敷金の返還も受けることができます。しかし、差し押さえの登記後の更新は認められません。そのため、競落人に対して、短期賃借権の主張ができません。6か月の猶予期間もないので、 競落人からすぐに出ていけと言われたら従うしかありません。

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2.主張できる正当事由に制限はありません

 オーナーチェンジがあった場合、新しい建物所有者(新賃貸人)が、賃借人に主張できる正当事由について、何か制限があるかどうかについては、最高裁の判決があります。

 最高裁(昭和30年6月7日判決) は、「正当事由の存否は、旧賃貸人の下において従前に発生した事由に限局するとか、或は新賃貸人の下において新たに発生した自己使用の必要事情のみとかに、形式的に制限すべきではなく、賃貸借承継の前後を問わず、あらゆる事情を参酌すべきである」と言っています。
 つまり、建物の所有者(賃貸人)が替わったことが、正当事由の判断にどう影響するかどうかは、ケース・バイ・ケースだと言うことになります。

 なお、新所有者は旧所有者の責任を引き継ぐのが原則です。
 例えば、前の建物所有者が、違法な増改築をしたとか、修理しなければならないのに修理しなかったなどの管理上の問題で、建物が老朽化した場合には、その責任は前の所有者にあります。そのため、建物の老朽化を理由に正当事由を主張することや立退料の減額を主張することが制限されます(自分の責任で老朽化したのですから、その不利益を賃借人に転嫁することはできない、ということです)。
 そして、オーナーチェンジでこの建物を買い取った場合、前の所有者の契約上の地位を引き継ぐことになります。つまり、新所有者も前の所有者と同様、賃借人に正当事由や立退料の減額を主張することが制限されます。このように不利益な点が引き継がれる場合があります。前の所有者がしたことを知らない場合でも、このような制限が引き継がれます。

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3.建替えなどはオーナーチェンジかどうかで変わりません

ア.居住用は不利に扱われる可能性があります

 オーナーチェンジの結果、不利に扱われる場合もあり得ます。
 例えば、最初から自己居住の目的で、賃借人のいる建物を安い値段で購入して、自己使用の必要性を理由に立ち退きを求めるような場合、それだけでは正当事由があるとは思えません。相当な額の立ち退き料と引換でなければ、立ち退きは認められません。立退料の額にかかわらず、立ち退きが認められない場合もあり得えます。(*1)
 賃借人からすれば、「建物所有者が変わったからと言って、 自分と関係ないところで、不利益を受けるのは不当だ」ということになります。

 昭和30年前半ころは、住宅の取得が困難でこのようなケースもあったようですが、当時でも、相当額の立ち退き料の支払いがないと、正当事由は認められませんでした。(*2)

(*1) オーナーチェンジ後に、自分で居住する必要になった場合はともかく、賃貸中の建物を安く買って、立退料を支払って(居住用なら通常は引っ越し代程度が相当な立退料額になります)賃借人を立ち退かせて、自分が自由にできるようにしようというのは、虫のいい話に思われます。(▲本文に戻る

(*2) 東京高裁昭和26.1.19は「住宅がなくて困つておる者が、他人が正当に賃借中の建物を、賃借人に出てもらつて自分が住むという計画で、所有者から買受けた場合に、住宅がなくて困つているという事実は、それだけでは解約申入れの正当の事由とはならない」として、訴えを認めませんでした。ただし、立ち退き料の金額が低すぎることも理由になっているので、立ち退き料の金額によっては明け渡しを認めた可能性があったかも知れません。(▲本文に戻る

イ.建替え目的の場合

 これに対して、老朽化した建物を建て替えをする場合には、建物の所有者が変わっても、建物の状況や土地の有効利用という状況は同じです。賃借人に関係のない事情で賃借人が不利益を受ける、ということにはなりません。この種の理由で立退を求める場合には、賃貸人が変わったことは、正当事由や立退料額の判断に特別な影響はありません(オーナーチェンジを理由に明渡を認めなかった判決もありますが、かなり例外的な判決です(*1))。

 なお、「賃借人が立ち退きに反対するのが分かっていながら、建物を購入した」ことを理由に、賃貸人側に不利益な要素とした裁判例もあります。
 しかし、実際には、賃貸人側が提示している立退料額が低すぎるため、立退を否定する理由の1つとしたり、適正と思われる立退料額にするための理由としてこのように言っているように思います。
 賃借人にとっては、借りている建物は生活や営業の基盤ですから、立ち退きに反対するのは普通の話です。
 前のオーナーから言われれば素直に立ち退いたのに、オーナーが変わったから反対する、というのは考えにくい話です(人間、感情がありますから、そういうこともあるかも知れませんが、裁判所が考慮する話ではありません)。また、前のオーナーはお金がないので、建物の建て替えができなかったけれども、お金のある人がオーナーになって建て替えを理由に立ち退きを求める、というのも、普通の話です。

 しかし、オーナーチェンジして、テナントを退去させた後で、建物の建て替えではなくて、土地や建物を売却しようとする場合には、不利に扱われる場合もあります。
 例えば、自分で物件を利用する目的がなくて、賃借人のいる物件を買い取った後で、賃借人を立ち退かせて、高値で土地建物を売却する業者もいます。この場合には、賃借人を立ち退かせようとするときに裁判所の判断が厳しくなります。これについては、「権利関係を整理して利益を得ようとするのは好まれないようです」をご覧下さい。(※ページが飛ぶので、ここに戻る場合は、画面上の左の「←」をクリックしてください。)


(*1) 東京地裁平成30年5月29日判決は、賃貸物件への建て替えについて、立退料の金額にかかわらず明渡を認めないとしました。
 この事案は昭和43年に建てられた木造賃貸物件を買い取った原告が、賃貸物件への建て替えを計画して明渡を求めたもので、耐震検査の結果、倒壊のおそれがあるとされました。
 しかし、裁判所は「被告(賃借人)は,原告が本件建物を購入する以前から,本件建物を賃借し,同所で土地家屋調査士業を営んでいた。原告の経済的利益のみを優先して従前からの賃貸借契約関係を終了させる結果となることは,賃借人の保護を目的とする借地借家法の趣旨に鑑みると相当ではない。原告に正当事由があるということはできない。」としました。そして、近隣に代替物件があるかどうかや立退料額に関係なく、正当事由は認められないとしました。つまり、オーナーチェンジについてかなり不利な判断をしています
 この判決に対して原告は控訴したと思いますが、控訴審がどうなったのかは分かりません(おそらく和解で解決したと思います)。
 しかし、他の裁判例のほとんどは、このような事案で、立退料次第で明渡を認めています。賃借人は事務所として使用していたのですから、代替物件の確保が困難という事情もなかったと思います。つまり、最近の東京地裁の判決としてはかなり異質な印象があります。
 この事件の原告は「裁判所が相当と認める立退料を支払う」と言っていましたが、具体的な金額としては立退料額110万円の提示しかしていませんでした。この金額は事務所の立退料としては明らかに低額に過ぎます(原告が依頼した不動産鑑定士の評価書に基づいてはいますが裁判所が納得できる理由になっていなかったと思います)。裁判所は「裁判所が相当と認める立退料を支払う」と言われても、何らかの資料がないと110万円を越える立退料の算定ができません。この件では、被告は、明渡を拒み、立退料についての証拠(被告が依頼した不動産鑑定士による立退料の評価書など)を提出していなかったと思います。そのため、裁判官も、立退料の算定ができず、110万円の立退料では安すぎるという以外に言いようがなかったと思います。判決文からは窺えませんが、これがこの判決の本当の理由かも知れません。(▲本文へ戻る)

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4.立退料の金額

 立退料の金額ですが、資金のある人が経済的利益を求めて賃貸物件を買い取って、生活や営業の基盤として建物を使用している賃借人に退去を求めるのですから、原則として、賃借人が立退によって負担することになる費用、損失の全額補償分が立退料額になります(この点は、もともとの賃貸物件の所有者が、利益を求めてビルの建て替えのために立退を求める場合にも同じです。特に、オーナーチェンジが不利に扱われるわけではありません。)。

 オーナーチェンジ後に、賃借人を退去させ、ビルや建売住宅などを建てて売り出す場合には、立ち退かせることだけで利益を得るわけではありません。しかし、違いは売る前に付加価値を付けるかどうかだけとも言えるので、立退料に関して、やや厳しい見方をされました (*1) 。しかし、立ち退かせて転売するだけのケース(立ち退かせることだけで利益を得ようとする場合)と違い、適正な立退料の支払いがあれば、正当事由が否定される可能性は少ないと思います。


(*1) 東京地裁昭和62年 7月22日判決は、不動産業者が土地建物を買い取り、建物の賃借人を立ち退かせて、マンションなどを建築し、それを売却して利潤を得ようとしたという事案です。
 これについて、「借家人が立ち退くことによってこうむる経済上の出費及び損失を完全補償するのでなければ、明渡しを求める正当事由は備わらないものと解すべきである」として、明け渡しを認めませんでした。
 当時はバブル前夜で、狭義の借家権価格も立退料として当然に考慮され、完全補償も相当高額になりました。狭義の借家権価格に対する評価は現在と違いますが、立ち退くことによって賃借人が受ける経済上の出費及び損失の完全補償を要するという考え方は変わっていません(なお、狭義の借家権価格については、「立退料の相場・計算方法」の中の「狭義の借家権価格と算定方法」をご覧ください)。(▲本文へ戻る

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5.前の所有者の解約申入などは引き継げません

 ちょっとした注意事項ですが、更新拒絶は、契約期間満了の1年前から半年前にしなければなりません。貸主の中途解約条項がある場合でも、解約申入から6か月ないと正当事由があっても解約は認められません。
 そこで、売買の交渉中に、前の所有者に更新拒絶や解約通知を出させたらどうか、と思ったりします。しかし、通常、正当事由は、当該賃貸人と賃借人との関係で決まります。オーナーチェンジして、建物を建て替えようと計画していた場合でも、前の所有者は、新所有者に建物を売るだけで自分で建物の建て替えをしようというわけではありません。そのため、前の所有者が売買の決済前に、更新拒絶の通知などを出しても、それを新所有者が引き継ぐことはできません。改めて、売買の決済が終わり、所有権移転登記が完了した後で、新所有者は、更新拒絶などをする必要があります

 なお、これは裁判前の話ですが、裁判を起こした後でオーナーチェンジする場合もあります。前の所有者が自分で建て替えをするつもりで更新拒絶をして、建物の明渡の裁判を起こした後で、色々な事情から、建物を売却して、新所有者が所有権を取得した場合には、新所有者が参加承継という手続で裁判を引き継ぐことが認められています(東京地裁平成25.1.25、東京地裁平成27.1.30など普通に認められています)。この場合も、参加人が改めて更新拒絶や解約申入をする必要があります。ただし、参加すること自体が解約申入と認められるなどとして明確なものまで要求されなかった事案もあります。

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6.関連記事

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 落ち度のない賃借人に賃貸人が立ち退きを求める場合の、基礎知識として、更新拒絶の通知、更新拒絶の正当事由や立退料の意味などを簡単に説明しています。

●「立退料の相場・計算方法
 立退料は、賃借人の移転に伴う費用や損失の補償額を調整して決まります。その基準や計算方法を解説します。

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●「立ち退き問題の手続の流れ
 話し合い解決、調停、裁判所での和解、判決、判決後の手続など、立ち退き問題の手続の流れを説明します。

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弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
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