建物所有目的の借地は20年、30年と継続します。その間に契約で決めた地代が不相当になることがあります。地主と借地権者双方が合意すれば地代の変更ができますが、相手方が応じない場合もあります。しかし、年月が経過して経済状況が変化して、客観的に地代が安くなり過ぎた、または、高くなり過ぎた場合に、地主や借地権者の一方の請求で、地代を変更する(地主は高くする、借地権者なら安くする)権利があります。これが、地代の増額請求、減額請求です。どんな場合に認められるのか、争われた場合や争う場合の手続などについて、弁護士が解説します。

【目次】
1.賃料増額・減額請求とは
 (1) 増額請求・減額請求の意味
 (2) 相場と違うだけでは増額・減額の請求はできません

2.賃料増額請求・減額請求の手続
 (1) 請求がないと始まりません
 (2) 請求を受けたらいくら地代を支払うか
 (3) 裁判の前に調停

3. 賃料増額請求・減額請求の裁判
 (1) 賃料の増額・減額請求の要件
 (2) 事情の変更と地代の変更(鑑定の手法)
 (3) 当事者が鑑定書を提出する場合
 (4) 裁判所の鑑定と判決
 (5) 判決後の処理

4.関連記事

1.賃料増額・減額請求とは

(1) 増額請求・減額請求の意味

 例え話でよくする話をします。
 周囲がまだ畑で開発が進んでいない時期に、土地を借りて家を建てることにしました。その時に地主と借地権者で決めた地代は有効な地代です。
 ところが、年月が経ち、周囲の開発が進み、畑だったところに家が建ち、いつの間にか住宅地になりました。
 こうなると、土地の値段も上がるし、土地にかかる固定資産税も上がります。それでも、地代は、周囲が畑だった時のままです。

 つまり、合意で決めた時とは状況が変わったのに、地代だけが以前のままです。そこで、地主は借地権者に地代を上げてほしいと申し入れたのですが、借地権者は地代が安い方がいいので応じません。いくら一旦、合意で決めたとは言え、決めた後で事情が変わってしまったのだから、地代を上げられないのは、ひどいだろう、ということで、地主の一方的な請求で地代の変更を認めるのが、地代の増額請求です。(*1)

 これと逆に、合意の後で事情の変化があって、高い地代のままではひどいだろうということで、借地権者の一方的な請求で地代を減額するのが、減額請求の制度です。

(*1) 一定期間、増額をしないという合意をしていた場合、その期間内は増額請求できません。しかし、このような合意をするのはかなり特殊な場合と思います。逆に、一定期間減額しないという合意をしても、減額請求できます。これらについては、「地代の特約と増減額請求」をご覧ください(クリックするとページが飛びます。ここに戻るときは、画面の上の右端の「←」をクリックしてください)。( ▲本文に戻る

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(2) 相場と違うだけでは増額・減額の請求はできません

 相場よりも安いから地代を上げたいとか、相場よりも高いから地代を下げたいという相談を受けますが、相場と違っているという理由だけでは認められません。また、長い間、地代の変更をしなかったという理由だけでは認められません(*1)

 地代は原則として、当事者が自由に合意で決めることができます。その時点では、「高すぎる」とか「安すぎる」ということはありません。相場と同じ金額にしなければならない、ということはないからです。近隣の借地の地代よりも高くても、安くても、決まった地代が有効な地代です。その変更も合意で決めれば有効です。
「地主から一方的に増額すると言われたので、応じただけだ」という場合も、ありがちですが、その場合でも、「応じた」以上は、合意が成立したことになります。

 ただし、今では相場と比べて地代が低い場合でも、合意で決めた時には相場と同じだった場合があります。つまり、合意で決めた後に、色々な状況の変化があり、今では相場よりも随分、低くなってしまったという場合には、増額の要件を充たします。その結果、相場の額に近い金額まで増額が認められる可能性があります。

 なお、賃料が安いまま長年放置した結果、極端に賃料額が相場と比べて低くなった場合には、その経過も当事者間の歴史として考慮され、あまり急激には上げられないと言われる可能性があります。(*2)

(*1)「認められない」というのは、裁判(調停も含めて)になったら認められないという意味です。法律上の要件があってもなくても、相手が応じれば、合意成立で、地代は変更されます。(▲本文へ戻る

(*2) それでは急激に上げられなかった分はどうなるんだ、ということになりますが、次の機会に持ち越しということにはなりません(話合い解決の場合は可能ですが)。上げられたのに放置していたお前が悪い、ということになります。(▲本文へ戻る

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2.賃料増額請求・減額請求の手続

(1) 請求がないと始まりません

  話がややこしくなるので、増額請求をした場合を例にお話します。 増額請求は、地主が一方的に請求することになります。その場合、具体的にいくらに増額するのか、はっきりさせなければなりません(*1)。増額の時期ですが、請求と同時に増額してもかまいませんが、「来月分の地代から○○円に増額する」という形でもかまいません(こちらの方が一般的だと思います)。

 一方的に地代の増額をするのですから、「相手の同意」を条件にする必要はありません。「増額したいのですが、よろしいでしょうか」という形では、増額請求をしたことにはなりません。ただし、増額請求に対して、相手方が承諾すれば、合意成立ですから、その場合は、増額請求だったのか、増額の申入だったのか(申入なら借地権者の同意が必要です)、問題になりません。

 増額請求をするとその時から増額の効果が発生します (*2)。「来月分の地代から増額します」と言うように時期を指定した場合には、翌月分から増額します。
 ただし、最終的には、裁判所が認めないと増額はなかったことになります。また、地主が請求した金額のとおりになるとは限りません。裁判所が「増額が適当か」、「増額請求した金額のうち、どこまで認められるか」を判断します。つまり、最終的には裁判所が決めます。
 しかし、増額の効果は、地代が不相当になった時からではなく、また、判決の時からでもありません。請求した時からです。このため、増額の請求をしないと何も始まりません(*3)

 なお、請求の時から効果が発生するというのは、もう1つの意味があります。それは、請求後の事情は判断の対象外ということです(あくまでも正式な裁判の場合です。調停などでは柔軟に合意できます)。
 例えば、請求の時点では地代を10%上げる事情があり、その後で、さらにもう10%地代を上げる事情が発生したとしても、裁判所は、請求があった時までの事情しか考慮しません(10%までしか増額を認めない、ということです。最高裁昭和44年 4月15日判決)。請求後に地代を上げる事情が発生した場合には、もう一度、増額請求をする必要があります。

(*1) 裁判所は、増額請求の範囲内で、いくらの増額まで認めるのか(あるいは全く認めないのか)判断します。つまり、増額請求の金額が、増額が認められる上限になります。(▲本文へ戻る


(*2) 増額請求(減額請求の場合も同じですが)をすると、その日(増額請求の通知を出した場合には、通知を借地権者が受け取った日)から効果が発生します(最高裁昭和45.6.4)。到達がその日の何時だったのかは関係ありません。民法には初日不算入の規定があり、多くの場合は通知の翌日から効果が発生するので(民法140条)少々違和感を感じますが、これが実務の扱いになっています。(▲本文に戻る


(*3) 月決めの地代は5年で消滅時効にかかります。例えば、1か月につき○○円増額するという請求をした後、調停を起こさないでそのまま放置した場合、増額請求の増額部分が5年の消滅時効にかかります(調停申立の5年以前の、増額請求分が消滅します。東京地裁昭和60年10月15日判決)。増額請求自体が消滅するのではないので、5年以内の増額部分(後で裁判所が認めた場合)は消滅しません。また、調停の申立をしても、調停が不成立で終わった場合、6か月以内に裁判を起こさないと、調停による時効中断(時効の更新)の効果は生じなかったことになります。この場合も、裁判を起こした日よりも5年前の地代の増額部分は時効で消滅します。(▲本文へ戻る

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(2) 請求を受けたらいくら地代を支払うか

 地代の増額、減額の効果は、請求の時から始まる、と言っても、裁判所の判決が出るまでは、認められるかどうか、認められても地代がいくらになるのか、分かりません。
 その間、借地権者はいくら地代を払えばいいのでしょうか。

 それについては法律に書いてあります。
 増額請求を受けた借地権者は、自分が「適当と思う金額」を払えばいいことになっています。「適当と思う金額」と言っても、それまで支払っていた地代よりも下げてはいけません。増額は仕方がないが、地主の言う金額が高すぎると言う場合には、自分が適当と思う金額まで上げた金額を払えばいいのです。適当だと思った根拠は要求されないので、「自分が適当と思った金額」でかまいません。原則として、これまでと同じ賃料額の支払いをすれば問題ありません。(*1) (*2)

 また、借地権者が減額請求をした場合ですが、この場合、地主は適当と思う金額を請求できることになっています。それまでの金額が適当だと思えば、それまでと同じ金額を請求します(それまでよりも高い金額を請求することはできません)。借地権者は、請求された金額を払わなければなりません。つまり、原則として、これまでと同じ金額です。
 減額請求したからと言って、下げた金額を払えばいいのではありません。勝手に、下げた金額を払い続けると、地代の一部不払いをしたことになり、借地契約そのものを解除される場合があります。後になって判決で減額が認められて、解除がなかったことになる、ということはありません。つまり、減額請求の裁判の判決を待つ必要なく、解除が認められ、土地を明け渡さなければならなくなります(東京地裁平成 6年10月20日判決、同平成10年 5月28日判決)。ただし、未払いは差額分だけですから、解除が認められるのは相当長期間その状態が続いた場合になります。

 つまり、増額請求の場合も、減額請求の場合も、借地権者はそれまでと同じ金額を払っていれば、解除されることはありません。

 では、「請求の時から効果が発生する」ってどういう意味?ということになりますが、判決で増額請求が認められた場合には、借地権者は、「請求された時から払っていた金額との差額」とそれに「年1割の利息」をつけて、地主に支払う必要があります。
 減額請求が認められた場合には、地主は、受け取った地代の差額とそれに年1割の利息を借地権者に支払う必要があります(判決の前に、上記の例のように解除の判決があった場合でも、差額と利息を支払う必要があります)。

(*1)これには例外があります。現在の地代が、固定資産税(都市計画税を含む)の金額よりも低い場合には、地主は、税金分、損をしながら土地を貸していることになります。そのため、現在の地代が固定資産税よりも低いことを借地権者が知っていた場合には、固定資産税よりも高い金額を払わないと「適当と思う金額」ではない、とされます。このため、地代の不払いで解除される可能性があります。もしも、現在の地代が固定資産税額よりも低い場合には、地主は、増額の請求の時に文書でそのことを借地権者に知らせるべきです(借地権者が知らないまま低い金額を払い続けても解除できませんから)。(▲本文へ戻る

(*2) 不当に高額の増額請求を受けた場合、請求の金額は応じられないけれども、現在の地代額にある程度は上乗せして支払った方がいいと考える人もいるようです。ごく微々たる上乗せならともなく、そうでない場合(特に、ギリギリこれくらいの増額は認めてもいいと思っている金額を払うこと)は考えものです。調停になった場合、支払っている金額までは当然に認めていると思われて、調停委員から「地主はまだ納得できないと言っている。もう少し上乗せできないか」という説得を受けるおそれがあります。
 なお、交渉の途中で借地権者側が「○○円(現在の地代額よりも高い金額) が適当だ」と言ったとしても、それはあくまでも交渉が成立することを前提に言った金額です。交渉が成立しない場合は、白紙に戻ります。そのため、現在の地代額を支払っても、問題ありません(とは言え、交渉中の金額提示を文書でする場合には、言葉に気をつけた方がいいです)。(▲本文へ戻る

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(3) 裁判の前に調停

 地代の増額請求、減額請求は、正式な裁判を起こす前に、調停をしなければなりません
 離婚も、裁判の前に調停をすることになっていますが、それと同じです。ただし、離婚は家庭裁判所ですが、地代の増額、減額の調停は、原則として、物件の所在地を管轄する簡易裁判所です(通常の調停の管轄は、相手方の住所地を管轄する簡易裁判所ですが、地代を含めた宅地建物調停の管轄は物件所在地です)。(*1)(*2)

 何で、地代の増額、減額請求について、正式裁判の前に調停をしなければならないのかと言うと、1か月分の地代の増額、減額の金額は大した金額ではないので、費用をかけて正式裁判をやる前に、調停で調整して合意して解決するのがいい、ということだそうです(実際には、かなり金額の大きな事案もありますが)。

 調停は、会議室のような場所に、当事者が交互に入って、調停委員と話をします(相手方と直接、口論するようなことはありません)。そうして、調停委員が当事者間で話がまとまるように調整します。
 調停委員会は、3名で、1人が裁判官、あとの2名は弁護士やその他の民間人です。東京簡易裁判所の地代の増額、減額調停の場合には、民間の調停委員は1人は弁護士、1人は不動産鑑定士です。

 調停委員は、当事者双方から話を聞いて、調整ができるように誘導していきます。ある程度、話が進むと、調停委員会の案という形で、「調停委員会としては○○という金額が妥当と思うけれどどうですか」と打診する場合もあります(調停で合意するつもりが全くないような場合以外は、打診があるのが普通です)。不動産鑑定士が委員にいればその意見が反映されていると思われますが、双方から話を聞いた上での案ですから、双方が合意できる落としどころを踏まえた上での案だと思われます。

 金額の開きが大きくない場合には、双方、「まあ、それでいいか」ということで話がまとまることになります。

 ただし、調停はあくまでも、双方が合意しなければ成立しません。一方が「嫌だ」と言えば、調停は成立しません。調停が成立しなければ、正式な裁判を起こすことになります。調停から正式裁判に自動的に移行するわけではありません。改めて裁判を起こす必要があります。ただし、いつまでに裁判を起こさなければならない、ということはありません(消滅時効には注意する必要があります。この点については、2(1)の(*3)をご覧ください。ここの戻る場合は一旦、目次に行ってください)。

 とは言え、正式な裁判になると手間と費用がかかります。それなりに金額が大きい事案の場合はともかく、そうでない場合には基本的には調停で話を終わらせることを考えた方がいいのかも知れません。
 ただし、どうしても、説得しやすい方が説得される(妥協させられる)傾向があるように思います。無茶な主張をしている場合には仕方がありませんが、主張しなければならないことはきちんと主張しなければなりません。しかし、落としどころの見極めも重要です。

(*1) 物件が東京23区内にあり、当事者双方が、東京地方裁判所を調停の管轄にすることを合意している場合(借地の契約書の中で合意管轄を決めている場合も含みます)には、東京地方裁判所民事22部で調停ができます。ここの調停は、早期に「裁判所が地代を決めますがそれに従いますか」という確認をして、不動産鑑定士の調停委員の意見を踏まえた地代額を双方に示します(初期の段階で資料が揃っていることが前提です)。増額、減額の差額がそれほど大きくなくて、お互い費用かけないで早く解決したいので、裁判所に決めてもらおうという場合には、お勧めできます。(▲本文へ戻る


(*2) 簡易裁判所に調停申立をしないで、いきなり、地方裁判所に、増額請求の訴えの裁判を提起すると、管轄違いになり、調停に回されます。東京地裁の場合、原則として東京地方裁判所の民事22部の調停に回されるようです。調停に回す前に、当事者(特に被告側)に東京地裁の調停でよいかどうか確認した上でやっているのかどうか分かりません(昔、東京地裁の民事22部で調停をやるために、地裁に通常訴訟を起こして、民事22部に回されましたが、このような確認をやったかどうか忘れました)。現在でも、22部には、東京地裁の普通部から調停に回された事件がかなりあるようです。通常、弁護士が原告の代理人になっているので調停前置を知らないということはあり得ません。簡裁よりも東京地裁の民事22部で調停をやった方がよい(霞ヶ関の方が近くてよい、という弁護士もいるでしょう)ということで、あえて、やっていると思います。(▲本文へ戻る

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3.賃料増額請求・減額請求の裁判

(1) 賃料の増額・減額請求の要件

 調停が成立しなければ、請求をした側が正式な裁判を起こすことになります。調停でやっていたことが引き継がれるわけではないので、訴状を書いて、証拠を添えて訴えを起こすことになります。

 増額請求・減額請求は、法律上の要件が充たされた場合に認められます。増額・減額の金額は、請求額の範囲内で、要件を充たした部分について認められます(つまり、請求した金額以上に増額や減額が認められることはありません)。

 要件は、「最後に当事者間で地代の合意をした時から、請求の時点までに、経済情勢その他の変化があり、それによって賃料額が不相当になった」ことです。金額は、そのような変化に応じた額です。

 つまり、「最後に当事者間で地代の合意をした」時点よりも前の事情は、考慮されません。相場よりも高くても、安くても、その時の事情を踏まえて「当事者間で地代を決めた」のだから、後から文句は言えない、ということです。「地主が地代を上げると言うので仕方なく同意した」という場合も、当事者間で合意したことになります。

 なお、「最後に地代を決めた時」というのは、現時点(請求前)の地代額を決めた時のことです。ただし、「当事者双方で話し合って、地代を変えないことを合意した」場合も、「最後に地代額を決めた時」になる場合があります。上げようかどうしようか話し合いをした上で、現状維持にすることに合意した、というような場合です。更新の時に、更新前の地代を上げなかった、という程度では、これに当たりません。また、交渉が決裂しただけの場合もこれには該当しません。

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(2) 事情の変更と地代の変更(鑑定の手法)

 どういう場合が事情の変更なのかと言うと、土地の価格の変化、固定資産税など土地にかかる税金の変化その他、地代を増額させたり、減額させたりするような事情ということになります。
 ただし、土地の価格が上がるとそれに比例して地代が上がるとか、固定資産税が上がるとそれに比例して地代があがる、という単純な話ではありません。話は複雑です。

 最終的には、不動産鑑定士が、不動産の鑑定評価の手法で鑑定します。地代額の決定に関係する全ての経済的な変化を考慮して、地代額の鑑定をします。そのため、差額配分法、利回り法、スライド法、同種事例の比較(単なる近隣借地の地代との比較ではありません)などの手法で算定したものをさらに調整して結論を出します。なんだそれは、と思うのは当然です。素人では手強すぎます。(*1)

 なお、地代の増減額の鑑定は、「継続賃料の鑑定」と言います(新規の賃料ではなく、すでに成立して継続している契約の賃料の鑑定なのでこのように言います)。不動産鑑定士に言わせると、土地や建物の価格の鑑定よりも難しいということで、鑑定料も高いです(鑑定書を読むと納得できます)。

 費用に見合うような、金額の開きがある場合には、地主、借地権者双方ともに、不動産鑑定士に依頼してそれぞれ鑑定書を証拠として裁判所に出して争ったりします(ここで言う、不動産鑑定士は、当事者が依頼するもので、その鑑定書は「私鑑定」と呼ばれたりします。後でお話する裁判所が選任した鑑定人とは違います)。(*2)

(*1) 同種事例比較法については同種のものが見つからなかった(上記のとおり、単なる近隣借地の地代ではなく、同じ経過を辿っている借地でないと同種とは言えません)という理由でこの手法を断念するのが通常です。そこで残りの3手法で鑑定しますが、双方の不動産鑑定士の鑑定書を見ると、利回り法、スライド法はほとんど同じ金額なのに、差額配分法だけ金額が大きく違う場合が多いように思います。差額配分法は、かなり問題のある手法ですが、地代の鑑定では必ず使われます。しかし、計算の前提が違ったり、計算について双方の鑑定士の意見が違う場合があります。(▲本文へ戻る

(*2) 鑑定料金は鑑定士ごとに違いますが、一般に、継続地代鑑定は、土地の更地価格を基準に料金を定めています。しかし、地代の増額減額の裁判の争点は、あくまでも、地代の差額(従来の地代との差額)なので、更地価格が高い場合でも、地代の差額はかなり低い金額になります。例えば、更地価格8億円くらいの土地でも、賃料差額の月額は20万円程度だったりします。つまりこの裁判で全面的に勝訴しても、月額20万円の増加若しくは減少です。ところがこの場合の標準の鑑定費用は100万円~200万円くらいします(あくまで標準的なもので鑑定士ごとに違います)。それでも、探せば標準よりもかなり安く鑑定してくれる鑑定士もいます。ところが安いなりのものだったりします。借地権者が依頼した鑑定の内容が、賃料を下げるために「更新料を支払う」前提になっていたものがありました(弁護士に委任する前に依頼者が依頼した不動産鑑定士でした)。更新料を払う根拠がない事案でしたので、証拠には出せません。別の鑑定士に再度依頼するしかありません。(▲本文へ戻る)

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(3) 当事者が鑑定書を提出する場合

 不動産鑑定士は、地代の鑑定をするときは、国土交通省の不動産鑑定評価基準に基づいて鑑定することになっています。ところが、不動産鑑定士の鑑定でも、意図的か知識不足かで、これに基づいていない場合もあります。しかし、弁護士、裁判官などは不動産鑑定の専門家でないので、正しいのか間違っているのか正確には分かりません。

 そのため、一方の当事者が不動産鑑定士の評価鑑定書を出せば、対抗上、もう一方の当事者も、別の不動産鑑定士に依頼して、鑑定書を作ってもらって裁判所に証拠として提出することになります。この場合、不動産鑑定士は、単に地代の鑑定書を提出するだけでなく、相手方の鑑定士の鑑定書のどこが間違っているのか「意見書」を提出のが通常です。

 しかし、不動産鑑定士の意見書も、専門的な意見ですから、そのままでは、裁判官に理解してもらうのは難しいです。弁護士は、不動産鑑定士の専門的な意見をかみ砕いて、それを分かりやすく解説する書面を出す必要があります。

 そんなことを双方の弁護士がします。

 なお、次にお話しますが、双方から鑑定書が出て、裁判所がどちらが正しいか決められない場合には、裁判所が鑑定人を選んで鑑定をさせることが行われ、多くの場合その結果が判決の結論になります。
 だったら、最初から裁判所の鑑定をやればよく、費用をかけて、当事者が不動産鑑定士に依頼することはないのではないかという疑問があります。
 しかし、弁護士会内の研究会が、地代鑑定を行った判決を分析した結果、裁判所の鑑定の多くは、当事者双方が提出した鑑定の中間値に近い額になっていたとのことです。その理由は、裁判所が選任した鑑定人が、鑑定前に、双方の当事者が出した鑑定書を見た上で鑑定をするからだと推測されます。そのため、それぞれの当事者が不動産鑑定士に依頼して、自分の主張が正しいという鑑定書を提出する意味があるのと言われています(依頼者に有利でも、正しくない場合は、裁判所が選任した鑑定人も相手にしません)。

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(4) 裁判所の鑑定と判決

ア.鑑定をするのが一般的です

 当事者双方が不動産鑑定士に依頼して鑑定書を出す場合、裁判所も、どちらが正しいのかどうか、判断できない場合があります。(*1)

 継続賃料の鑑定は、国土交通省の「不動産鑑定評価基準」に基づいて行うのが通常です。このため、どちらの鑑定書も、「不動産鑑定評価基準」で決められた手法に基づいていて、書いてある内容や計算式がほとんど同じ場合があります。しかし、不動産鑑定評価基準に書いてあるとおりに鑑定したつもりでも、特定の部分の解釈が違っている場合があります(その結果、結論が大きく違う場合もあります)。鑑定書の中には、文献を引用して説明してあるものがあり、それを見ると、何が正しいか分かる場合もあります。しかし、文献があっても、裁判所では判定できない場合があります(文献自体が専門的なものだからです。また、その文献が不動産鑑定士の業界でどの程度支持されているのかの判断もできません)。

 建前上は、増額または減額を請求する側が、増額または減額の理由のあることを証明することになります。しかし、一応、双方から鑑定書が証拠として出ているので、証拠の内容が分からない、という理由では、請求を認めないわけにはいきません。そのような場合、裁判所が選任した不動産鑑定士(鑑定人といいます)が鑑定をすることになります。

 これは当事者の申立によります。通常は原告側が申立をします。
 誰が鑑定人になるのかは裁判所が選びます。
 鑑定費用は、申立をした当事者が立て替え、判決が出た場合には敗訴した当事者が負担します。一部敗訴の場合には両方の当事者が分担します。(*2)

 そして、裁判所が選任した鑑定人が出した鑑定の結果が、判決の結論になる場合が多いと言われています。

 それなら、最初から裁判官ではなくて、中立な立場の不動産鑑定士が決めればいいのではないかと思われますが、裁判所の鑑定でも、 当事者間の事情や、物件の特殊性その他、前提になる事項は当事者が出した証拠によることになります。このため、裁判所が鑑定人を選任して鑑定する場合でも、それ以前の主張、立証は重要です。また、最終的に判決を書くのは、裁判所ですから、その意味でも、十分にこちらの主張を理解してもらう必要があります。

(*1) 地代の増額減額の裁判は、不動産鑑定の手法で決めるのが一般的です。そのため、専門家の意見がないと裁判官も、判決が書けません(何事にも例外はありますが)。
 人から聞いた話ですが、原告が地主で弁護士が就いていて、不動産鑑定士に依頼して増額相当の鑑定書を証拠として提出したのですが、被告の借地権者は弁護士も就けないし、自分で不動産鑑定士に意見を求めてもいないし、裁判所に鑑定の申立もしなかったという事案があったとのことです。
 その案件で裁判官は、地主(原告)の弁護士に、鑑定の申立をするように勧告したとのことです。原告側で依頼した不動産鑑定(私鑑定)だけでは、適正かどうか判断できないからだと思います。
 しかし、被告側に弁護士が就いていれば、鑑定の申立もしないし、その他の証拠も出さないのは被告の自己責任ということで、原告が証拠として出した私鑑定で判決を書いたと思います。(▲本文に戻る

(*2) 鑑定費用は、選任された鑑定人が決めます。不動産鑑定士ごとに料金基準が違うので、人によってバラツキがあります(ある程度の相場みたいなものはありますが)。
 この鑑定費用は鑑定の前に、申立をした当事者が「予納」します。鑑定後に判決になった場合、判決の中で当事者の負担の部分を決めます。この場合は敗訴者負担になります。
 つまり、原告が増額請求をして、鑑定を申し立てて、鑑定の結果、増額が認められず、判決でも認められない場合、鑑定費用は原告が全部負担することになります。増額が一部認められた場合には、判決で原告、被告の負担部分を決めます。負担が認められた場合には、予納をした当事者に裁判所が認めた負担部分を支払うことになります。(▲本文に戻る

イ.鑑定しないで判決になることもあります

    裁判官によっては、原告、被告双方が出した鑑定書について、どちらも正しい(誤りはない)と判断する場合もあります。先に書いたように、考え方の違いみたいな場合には、その「考え方」が「間違っている」と言えないので「どちらも正しい」ことになります。
 そのように判断する場合、「両方の鑑定の中間が正しい」ということになります。(*1) 

 そして、それが裁判官の認定になります。
 このような場合、まず、和解の勧告があります。それでも、当事者が納得しない場合には、鑑定をしないで、判決を書くこともあります。つまり、裁判所が選任した鑑定人の鑑定をしないで、判決を出すこともあります

 裁判所の選任した鑑定人が鑑定する場合も、原告、被告が提出した鑑定書の一方が特に間違っているとは言えない場合には、双方が出した中間値が、鑑定結果になる場合が多いという分析があります。そうなら、裁判所が選んだ鑑定人の鑑定に時間と費用(費用は当事者の負担になります)をかけるより、裁判官に判決を書いてもらった方がいい、ということになります。
 また、裁判所の鑑定の場合、誰が鑑定人になって、その結果がどうなるのか分かりません(中間値になる場合が多いというのは結果論です。鑑定人は、当事者双方が出した鑑定書と関係なく、自由に結論を出せるので、予想できなかった金額の鑑定がでる場合もあり得ます。当事者から依頼されているわけではなくて公平性があるとは言われますが、間違いがないとは限りません)。
 裁判官が判決する場合には、事前に和解で調整があり、ある程度予想もつくので、裁判官の判断の方がいい場合もあると思います(*2) (*3)。ただし、それは裁判官が、判決が書けると判断した場合の話です。

(*1) 一見、いいかげんなように思うかも知れませんが、不動産鑑定の実務も、同じことが行われています。例えば、1人の不動産鑑定士が、土地と建物の評価額を出す場合、原価法と収益法という2つの手法で2つの価格を出した上で、足して2で割って、価格を出すことは普通にやっています(物件の内容によってはどちらかの価格を重視する場合もあります)。また、1人の鑑定士が地代の鑑定をやる場合も、差額配分法、利回り法、スライド法という3つの手法で、3つの価格を出した上で、足して割るような方法で1つの価格を出します。
 価格とは人が決めるものですから、異なる要素を足して2で割るということもある意味合理的なのかも知れません。(▲本文へ戻る

(*2) 両鑑定の中間値になると予想される場合には、裁判官は和解を勧めます。判決でもそうなることが予想される場合でも、当事者によっては、判決という形でないと納得できない人もいます。結果的に和解で勧められた数字になっても、判決には裁判官が考えた理由が書いてあるため、当事者が満足するということもあります。
 地代の増減額の裁判は、将来、同様の紛争が生じる可能性もあるので、判決の形で裁判所の考え方が示されていた方が将来のためになる、という考えは一応、納得できます。地代の裁判以外の普通の裁判は、同じ当事者間の紛争は1回限りの場合が多く、「結果よければ全てよし」(和解で解決できればそれでよし)ということで、和解でいいと思います。(▲本文へ戻る

(*3) 絶対に相手方の鑑定が誤っているので、中間値では納得できない場合には、裁判所に鑑定の申立をすることになります。すでに出してある証拠に基づいて鑑定が行われますが、絶対に自分の方に有利な結論になるとは限りません。中間に近い数字になる場合が多いというのも、あくまでも他の事件の話です。しかも、裁判所の鑑定人が出した数字がそのまま判決の結論になることが多いため、「ジャンケンで決める」という感覚に近い気持ちになります。(▲本文へ戻る

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(5) 判決後の処理

 一審の判決が出て、依頼者が納得できないなら控訴になります。
 しかし、依頼者も、相手方も「もういいか」と言うことで勝ち負けにかかわらず(もともと白黒決着ではなく、賃料の差額の争いですから)、一審判決で終わる場合もあります。

 このような場合には、双方の弁護士が協議して、処理を決めます。判決が出ていますから、それに基づいて、差額と請求時点からの利息(年10%)を払ってそれで終了という合意をした上で、差額を支払う側が支払って終わりです。裁判途中での和解の場合には、利息はなし、とする場合が多いのですが、裁判途中の和解の話を蹴って判決まで行ってしまった場合には、利息を支払う、支払わないで揉めても仕方がありません。判決まで行ったとは言え、地主、借地権者の関係はこれからも続くので、さっぱり終わった方がいいと思います。

 中には、その後もずっと悪感情をもって気まずい関係が続くケースもあるようですが、争う時だけ争い、後は関係ないと割り切るのが理想的です(借地の関係に限らず、なかなかそうはいかないようですが)。
 

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4.関連記事

●地代の特約とその効果について。
 地代の額について、一定期間減額をしないという特約をする場合や、一定の地代額を決めないで、固定資産税などに比例させて自動的に変更するという合意をする場合があります。このような合意自体は無効ではありませんが、このような合意をしても地代の増減額請求ができる場合があります。それについては、「地代の特約と増減額請求」をご覧ください。

●更新料の支払い義務の有無と更新料の金額
 更新の時に更新料の支払いと地代の増額を求められる場合があります。地代の増額については本文で述べたとおりで、更新するからと言って地代を変更しなければならない理由はありません
 更新料の支払い義務の有無と支払う場合の金額の決め方などについては、「借地の更新料」をご覧ください。

 

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弁護士・内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎ノ門5-12-13白井ビル4階 03-3459-6391