不幸な話ですが、賃貸物件が火事になることもあります。小火程度の話だったら、まだいいのですが、不幸にして賃貸物件が全焼・半焼する場合もあります。その場合、賃貸人、賃借人、双方に多大な損害が発生します。火事の原因が賃借人にある場合もありますが、賃貸人の場合もあります。この場合、どちらが管理する場所から出火したのかが重要になり、それによって賠償責任が発生します。
 ここでは、主に、賃貸人が管理する場所から出火して、賃貸人が賃借人に対して、契約上の責任を取る場合について、弁護士が解説します。

【目次】
1.賃貸人に火災の責任がある場合
 (1) 自宅と賃貸物件が一棟の場合
 (2) 責任の範囲
 ア 原則は賃借人に発生した全ての被害賠償です
 イ 室内の第三者所有物、同居人の権利への賠償責任はありません
 (3) 火災保険では対応できません
 (4) 漏電の場合
2 .ある事案のレポート
 (1) 発端
 (2) 焼け出された賃借人への対応
 (3) 賃貸人としての対応
 (4) ビルの取り壊し
 (5) 消防署の調査報告書
 (6) 破産申立
 (7) 破産手続
3.賃貸人に火災の責任がない場合(賃借人に責任がある場合など)
 (1) 火事の責任がなくて返還義務等はあります
 (2) 賃借人の契約責任と証明
 (3) 賃借人の賠償責任の範囲

1.賃貸人に火災の責任がある場合

(1) 自宅と賃貸物件が一棟の場合

 火事の原因について賃貸人に責任がある場合です。

 通常は、失火責任法という法律があって、故意や重過失(故意に近い過失のこと。ガソリンの近くで火をつけたり、火をつかった調理中に外出するなど)がなく、その他の特別な事情(建物やその付属物に火災発生の危険性があった場合など)がない場合には、火事について責任を取らなくてもいいことになっています。

 しかし、賃貸人と賃借人は、賃貸借契約によって建物を貸し借りしているという特別の関係があります。このため、失火責任法が適用される場合(通常なら責任を問われない場合)でも、賃貸人が契約上の責任を取らなければならない場合があります。つまり、故意や重過失がなくても、賠償責任がある場合があります。この契約上の責任は、契約書に書いてないのが通常ですが、契約書に書いてなくても責任があります(逆に、賃借人に失火の責任があって、賃貸人が損害を受けた場合、賃借人は賠償責任があります)。

 問題になるのは建物の一部が賃貸人の自宅になっている場合(自宅と賃貸物件が一棟になっている場合)で、賃貸人の自宅部分から出火した場合です。
 この場合は、賃貸人は賃借人に対して責任を取らなければなりません(最高裁平成3年10月17日判決、東京高裁昭和49年12月 4日判決など)。
 自宅と賃貸物件が一棟の建物の場合、賃貸人の自宅から出火すると、賃借人に貸している部分にも延焼して賃借人が損害を受ける危険性があります。このため、賃貸人は、賃借人に対して、自分が管理している自宅から出火しないようにする義務があります(別棟の隣家とは契約関係がないので、隣家に延焼しても、このような責任はありません)。
 また、契約責任なので、賃貸人の管理する部分から出火したときは、賃貸人に責任がないこと(例えば、第三者の放火)が証明できない限り、賃貸人は責任を取らなければなりません。つまり、出火場所が賃貸人の自宅内だと判明すれば、 出火原因不明でも、責任を取る必要があります。

 この責任は、賃貸人の自宅から出火すれば、高い確率で賃借人に被害が及ぶことが理由になっています。
 賃貸人の住居とアパートなどの賃貸物件が別棟になっている場合には、賃貸人の住居から失火して、アパートまで延焼したとしても、責任を取ることにはなりません(判決の理由の中で否定的な見解を示しているものとして、東京高裁昭和49年12月 4日判決)。ただし、2棟の建物の位置関係が、非常に接近している場合などは一棟の場合と同じと判断される可能性があります。

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(2) 責任の範囲

ア 原則は賃借人に発生した全ての被害賠償です 

 この場合の賠償責任の範囲ですが、まず、焼失したり消火のために使用できなくなった賃借人の家財について、賠償責任があります(最高裁平成 3年10月17日判決)(ただし、新品の価格ではなく、中古品としての価格で賠償する責任があります。この点は焼け出された側からすると不満です)。
 また、当面のホテル代、新しい物件を賃借する際の手数料、被災しなかった動産類の保管や運送料なども賠償責任の範囲に入ると考えられます。賃借人が事業用に物件を使っていた場合には、営業補償の問題(営業できなかった期間の補償)も生じます。(*1)
 火災によって、賃借人が怪我をしたり、亡くなった場合には、その責任も取らなければなりません。

 なお、火災で住居や店舗として使用できなくなった場合には、すでに受領していた当月分の賃料のうち、使用不能になった日以降の賃料は返還しなければなりません。敷金も返還しなければなりません。これらは、火事の責任の有無に関係なく返還義務があります。これは損害賠償ではありません。火災の程度が小規模で賃貸物件として使用可能な場合には、その必要はありません。


(*1)賃貸物件と賃貸人の居住場所が一体となった物件が全半焼したような場合には、賃貸人も焼け出されて対応できません。しかし、賃借人は、入居する時に家財保険(賃借人の家具等に対する火災保険)に加入するのが通常で、この保険は、焼けた家具の補償の他、一時宿泊や転居などの費用も補償されるのが通常です(緊急の必要がある上、実際の損害の証明ができないため、これについては一括いくらで支払う保険会社が多いようです)。つまり、家財保険の保険会社から、賃借人に対して、これらの補償としての保険金が支払われます。
 ただし、この保険はあくまでも賃借人が加入している保険で、賃貸人のための保険ではありません。このため、家財保険の保険会社は、支払った保険金額の範囲で、賃借人に代わって、賃貸人に賠償請求ができます
 なお、賃貸人の加入している火災保険の保険金(賃貸人所有の建物の保険)は、賃貸人に火事の責任がある場合でも支払われます(自分で放火した場合は別です)。しかし、火災保険金には、賃借人に対する損害賠償金は含まれていません(自動車事故の保険に例えると、自分の車の破損に対する車両保険だけで、相手方に対する責任保険に対応するものは含まれていません)。(▲本文へ戻る

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イ 室内の第三者所有物、同居人の権利への賠償責任はありません

 賃貸人の契約責任は、あくまでも、契約者(賃借人)に対する責任なので、例えば、社宅契約で、契約者が会社で、実際に住んでいる人が会社の従業員の場合、会社の従業員の家財が被害にあっても、賃貸人に賠償責任はありません。
 また、営業用に物件を借りている場合に、内部にリース物件(賃借人がリースしている物件)があり、それが被害にあった場合(焼失したり消火活動で使用できなくなった場合)でも、賃貸人には賠償責任はありません(東京地裁平成20年 9月29日判決)。

 賃借人にとって、火事は不可抗力なので、物件内にあった他人のもの(従業員の所有物やリース物件)が被害にあっても、その所有者に対して、責任はありません。このため、これらの物件に関しては、賃借人自身には被害がないことになります。
 そして、賃貸人の責任は、あくでも、賃借人との間の契約に基づく責任ですから、契約していない第三者の被害に対しては、賠償責任はないことになります。(*1)

 また、考えたくない話ですが、火災で、賃借人の同居人が亡くなる場合もあり得ます。その同居人が賃借人の近親者の場合には、賃借人には固有の慰謝料請求権(近親者が亡くなるという精神的苦痛を賃借人自身が受けるので、それに対する慰謝料請求権)があります。賃貸人はその賠償をしなければなりません。
 しかし、同居人の逸失利益(収入を得ていたのに火災で亡くなり、将来の収入が得られなくなった損害)は、同居人その人の損害です。つまり、賃借人の固有の損害ではありません。そして、同居人は、賃貸借契約の当事者ではないので、同居人の逸失利益については、契約責任は発生しません。失火責任法の適用がない場合(故意、重過失がある場合)でない限り、賃貸人に賠償責任はありません。同居人から賃貸人に対する賠償請求権が発生しないのですから、それが相続によって賃借人に移転する、ということもありません(東京高裁平成16年 2月26日判決。この判決は、賃借人の責任による失火で賃貸人の配偶者が死亡した事例ですが、賃貸人の責任で賃借人の配偶者が死亡した場合も同様に考えられます)。

(*1) 社宅契約の従業員は家財に保険をかけているので、家財の損害に対しては保険金が払われます。リース会社も保険がかけてあれば、保険会社から支払いを受けることができます。しかし、支払いをした保険会社は、賃貸人に対して、求償権(保険金を支払ったことを原因として、その分を賃貸人に請求すること)の行使はできません。(▲本文へ戻る

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(3) 火災保険では対応できません

 通常の火災保険の場合、建物や賃貸人自身の家財についての保険金が支払われるだけで、他人に対して損害賠償をするお金は保険の対象外です。

 火災保険に個人賠償責任保険特約を付けた場合、他人に対して支払わなければならない損害賠償金について保険金が出ます。ただし、どの場合に、いくらまで保険金が出るのか、保険会社によって異なります。このような場合に、金額無制限で出る保険もありますが、不動産に関しては保険がでないというものもあります。契約する前に保険会社に確認する必要があります。なお、自動車保険の付加保険の個人賠償責任保険にも、「建物の使用、管理によって他人に損害を負わせた場合」に無制限で、損害を負わせた相手方に対して損害賠償金を支払うというものがあります。これも火災の場合に適用される場合があります(火災が起こる前に保険会社に確認しておき、対応できないなら、対応できる保険の契約をするべきです)。

 いずれにしても、自宅とアパートなどの賃貸物件が一体となった物件を所有している場合には、火災で賃借人に損害を負わせた場合に適用される保険に入っておくべきです(仲介業者は賃借人には火災保険に入るように言いますが、賃貸人には言いません)。個人賠償責任保険に入らないで、万一自宅から出火して賃借人が死亡するなどした場合には、自宅やその敷地を処分しても賠償金が足りないという最悪の事態もあり得ます(後でお話する「ある事案のレポート」をご覧ください)。

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(4) 漏電の場合

 アパートと自宅が別棟の場合で、アパートだけから出火した場合でも、火災の原因が漏電の場合には、アパートの占有管理者や所有者(通常は賃貸人)が責任を取らなければならない場合があります。

 土地の工作物(建物など)の占有管理者や所有者は、工作物に問題があって、そこから第三者に発生した損害については賠償する責任があります。この責任は、失火責任法が適用されません。また、契約責任ではないので、契約関係のない人に対しても賠償責任があります。つまり、賃借人だけでなく、アパートから延焼して近隣住民に損害を与えた場合にも、責任を取らなければなりません。しかも、建物の所有者の場合は、過失がない場合でも責任を取らなければなりません(危険なものを所有していたこと自体が責任の根拠になります)。

 そして、アパートの屋根裏の配線の漏電の場合には、建物自体に問題があったとされることがあります(その配線が建物の一部とみなされるということです)。このようにして建物所有者(賃貸人)の責任を認めたものとして、東京地裁平成12年 5月26日判決があります。

  ただし、これはあくまでも、火災の原因になった配線が建物全体の配線の場合です。アパートの一室(賃貸している物件)内で賃借人が使用している電気製品の配線が原因の場合には、賃貸人が責任を取ることはありません。建物自体に問題があって火災が発生したとは言えないからです。

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2.ある事案のレポート

(1) 発端

「義弟の所有する自宅兼賃貸物件が火事になり、亡くなった方もいます。これまで警察が現場管理をしていたのですが、それも終了するので、弁護士に管理をお願いしたらどうかと言われたので相談に来ました」
 これからお話するのは、こんな話から始まりました。実際の案件なので記事にするのはどうかとも思いましたが、法律上の問題などを紹介することに意義があると考え、関係者の特定につながる記述を避け、内容も一部変えて、記事にしました。

 物件の所有者で自宅にしていた義弟をAさんと呼びますが、Aさんの所有していた建物は、Aさんの両親が建てたものをAさんが相続で取得したものです。相続当時はまだ建築費の借金が残っていましたが、Aさんが賃料収入で支払い、火災の直前に支払いを終えていました。築年数は約25年でした。1階を事務所に賃貸し、2階、3階がAさんの自宅、4階~6階がワンルームの賃貸物件でした。
 深夜1時ころにAさんの自宅部分の2階から出火し、6階まで火や煙が広がり、20代の方が2名亡くなり、1名が重い後遺症の残る重傷を負いました。その他の方も入院して治療を受けるなどしました。

 相談に来られたのは、Aさんのお姉さんとそのご主人(Aさんの義兄)です(Bさんと呼びます)。Aさん自身は、玄関のある2階から逃げることができず、3階の窓から電柱に飛び移り逃げたものの、気道の熱傷で入院して話ができる状態ではないとのことでした。
 ワンルームの賃貸物件の被害状況はまちまちですが、内部にまだ家具が残っているのに、一部の部屋のドアが火事のため変形してドアが閉められない状態とのことでした。入居者は全員焼け出されたのですが、内部にまだ使える家具が残っていて、入居者やその関係者が内部の荷物を持ち出せるようにする必要があり、また、防犯の必要から建物内に関係者以外の者を立ち入らせないようにしなければならない、との相談でした。

 その後の処理もお願いしたいとのことでしたが、相談を受けた側としても、途方に暮れる話でした(マニュアルなどありませんから)。

 建物への入居者の出入りの管理は警備会社にお願いしました。入居者や関係者には、建物内に入る必要がある場合には、連絡窓口としての私に事前に連絡してもらい、それを警備会社に伝えて、警備会社が現地で確認して建物内に入ってもらうことにしました。

 入居者の名簿と連絡先は、警察が作ってBさんが持っていたものをいただきました。賃貸借契約上の問題が起こるので、賃貸借契約書が必要ですが、Aさん方は家具等も全部焼けていたため、仲介をした不動産会社から契約書の写しをもらいました。

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(2) 焼け出された賃借人への対応

 あくまでも、法律上意味のあることの紹介が目的なので、それに絞って書くことにします。

 ワンルームの賃貸物件の入居者は、10名でしたが、うち5名はCという不動産会社が仲介しました。残る5名は全国展開をしている別の不動産会社が仲介していました。C会社は、仲介しただけで管理していたわけではないのですが、焼け出された賃借人のうちC会社が仲介した賃借人は、C会社を頼りました。焼け出されたので火災保険の証書などはありませんし、深夜のことだったので、所持金もありません。
 C会社が保険会社に連絡して、C会社が仲介した賃借人は、保険会社から当面の宿泊費などの一時金を一括で受け取りました(一時金は3か月分の賃料相当額とのことでした。その他、家財の被害の保険金は後日支払われました)。また、C会社が引っ越し先を手配してくれたとのことでした(その後、C会社は自社が仲介した入居者に限り、建物の合い鍵を使って荷物の運び出しを手伝ってくれました。なお、C会社は亡くなられた方達の仲介はしていませんでした)。

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(3) 賃貸人としての対応

 Aさん本人は入院していて話もできない状態でしたが、とりあえず、委任状に名前を書いてもらいました。
 建物は、鉄筋鉄骨コンクリート造りなので焼け落ちてはいませんが、全体に火が回っていたため、使用できないと判断しました(鉄筋もある程度熱が加わると劣化するそうです)。
 出火原因、出火場所については、警察や消防に聞きましたが、「ある程度分かるが今は言えない」とのことでした。しかし、2階のAさんの自宅部分が一番損傷が激しくそこが出火場所なのは明白でした。
 つまり、Aさんの自宅部分からの出火で賃借人に損害を負わせたことになります。第三者の放火でもない限り、Aさんが賃借人に対して契約上の責任を取ることになります。

 まっさきに考えたことは、Aさんが個人賠償責任保険に入っていないか、ということでした。
 しかし、火災保険の付加保険には入っていませんでした。自動車保険の付加保険にも入ってませんでした。
 そうなると、Aさん個人の財産で賠償するしかありません。この時点では、火災保険(建物や家財の損害に対して支払われる保険です)がいくら払われるのか何とも言えませんでした(ビル自体は内部が焦げた状態で建っていました)。

 土地もAさんの所有でしたから、土地が高く売れることが、どれだけ賠償できるか重要な問題になります。土地を売却するときに、ビルが火事になったことは買主に伝える必要があります。火事で亡くなった方もいる物件ですから、通常よりも値段が下がる可能性が高くなります。しかし、売る時点で、火事の記憶が風化していれば(火事の痕跡が残らない形で時間が経っていれば)、それだけ高く売れます。売るのはしばらく先になりますが、早くビルを取り壊す必要があると思いました(近所からも苦情が来ていました)。
 ビルの取り壊しのためには、入居者に立ち退いてもらう必要があります。火事で住むことはできませんが、荷物などが置いたままです。必要な荷物を持ち出してもらい、不要な荷物は所有権放棄してもらい、賃貸物件の明渡証明書をもらう必要がありました。

 入居者と言っても被害者ですから、急がすことはできず、時間がかかりましたが、必要な荷物の運び出しが終わったとのことで、敷金と前払い賃料の日割り分の返還と引き換えにそれぞれの賃貸物件の明渡の証明書と不要な家具の所有権放棄書をもらいました。その他の賠償は当然、残ります。

 なお、不要な荷物の処分は、Aさんの荷物(全部焼けています)と一緒に業者に処分をお願いしました(火事で焼けたものの処分は、通常の不要家具の処分とは手続が違います)。

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(4) ビルの取り壊し

 ビルの明渡が完了する前に、Aさんの火災保険(建物と家財の保険)が支払われました。火事の1年ほど前に火災保険の書き換えをしていましたが、ほぼ満額出ました。この時点では、まだ、警察も消防も調査報告書はできていないとのことでした。約1年半後に見ることができた消防の調査報告では、半焼でした(消防署は全体の床面積と焼失面積から半焼としていました)。保険会社でも8割の効用滅失でないと全焼扱いにはならないようですが、焼失面積ではなくて効用があるかどうかで判断してくれたようでした。

 保険金が早い時期に、心配していたよりも高い金額で出てくれたため、ビルの解体をすることにしました。土地の価格を相続税路線価などで大まかに計算し、それに火災保険や本人の預貯金を加えたものがAさんの財産だと計算できます。しかし、若い方が2名もなくなっているので、それでは足りないと判断できました。ご遺族は弁護士に依頼していましたが、弁護士どおしの話でも、話し合いでの減額は難しい(ご遺族が心情的に納得しない)ので破産するしかないと判断しました。

 ビルの解体をするにあたり、破産開始後に管財人などから解体費用が高額に過ぎるなどと言われると困ります。しかし、火災保険の明細の中に解体費用の項目があり、これに近い金額なら問題ないだろうと思いました(保険金の一部ですから、保険会社が過大な見積もりをすることはあり得ません)。Bさん(Aさんの義兄)が建物を建てた会社から紹介してもらった解体業者にお願いしてビルを解体しました。

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(5) 消防署の調査報告書

 方針としては破産申立と決めていましたが、裁判所も、Aさんに火事の責任がないと破産を認めてくれません。
 Aさんに火事の責任があることを証明するためには、消防署の調査報告書が必要になります。

 通常、公的機関から報告書等を入手する場合は、所属する弁護士会に申立をして、弁護士会から消防署などに報告や提出をお願いします。
 しかし、火事の調査報告書は、弁護士会を通じた方法では、提出されない扱いでした(全国共通とのことです)。

 そうなると、裁判所に申立をして、消防署に文書送付嘱託という手続をとってもらう必要があります。
 文書送付嘱託は、本来は実際に裁判を起こして、その裁判の中で申立をすることになります。しかし、状況的にAさんに責任がある可能性が高く、しかも、それは消防署の調査報告書を見れば分かることなので、被害者側から裁判を起こしてもらうのは時間も費用も無駄ですし、心情的にも避けたい話でした。
 しかし、15年ほど前に、裁判を起こす前でも、裁判所に文書送付嘱託の申立ができるという制度ができました。ほとんど利用されていない制度で、申立の経験もなく、制度があるということだけ記憶の片隅に残っていた程度でしたが、これを使うことにしました。

 そのためには、遺族側の弁護士から、Aさん相手に将来、損害賠償の裁判を起こす予定だという文書を送ってもらう必要があります。これをもらえば、Aさんの代理人として、裁判所に文書送付嘱託の申立ができることになります。実際には、消防署から火事の調査報告書をもらうだけで裁判で争う予定はなかったのですが、手続上必要なので、遺族側の弁護士に話して、裁判予告の文書を送ってもらいました。そして、Aさんの代理人として文書送付嘱託の申立をして、消防署から調査報告書をもらいました。
 調査報告書を破産のために使うのは、目的外使用と言われないか検討しましたが、裁判を起こす前に証拠を確認すること自体は、制度の本来の趣旨からして当然のことです。そして、Aさんに不利な文書をAさんの了解の上で、裁判所に提出するのですから、その意味でも問題はないと判断しました。

 こうして入手した調査報告書は非常に詳細な内容でした。Aさんの話ではビルの2階には火の気はなかったはずとのことでした。原因不明の場合でもAさんの管理する場所から出火すれば、Aさんの責任になるので、そのような内容を予想していました。しかし、消防ではプラグ(コンセントに差し込む2つの突起)周辺が激しく燃焼していたとのことで、トラッキング現象(ほこりなどの影響でプラグがショートを繰り返し、最終的には激しく出火する現象)と推測できるとの結論でした。その他の出火原因(放火など)があり得ない理由も書いてありました。

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(6) 破産申立

 Aさんに賠償責任があることが証明できたので、破産申立の準備をしました。
 そのためには、債権者の一覧表を提出する必要があります。
 それぞれの遺族、入居者に損害の概算を確認するとともに、契約していた火災保険(家財保険)の保険会社や、健康保険組合などへも求償額(保険会社等が、契約者に支払い済み保険金から、最終責任者のAさんに請求する金額)の確認をしました。保険会社はc会社が仲介した賃借人の場合は、すぐに分かりましたが、それ以外の方の場合、本人たちに確認するしかありませんでした。健康保険組合は本人たちに確認しました。
 こうして判明した、保険会社や健康保険組合に、Aさんに請求予定の金額を教えてほしいという通知をしました。健康保険組合などは、軽症の方の場合、火事の治療に使われたのかどうか分からないので、放棄すると言うところもありました。

 債権者の特定ができても(ただし、「債権額不明」としたところもありました)、今度はそれを裁判所の書式に合わせるのが大変でした。
 裁判所では大量の破産申立を処理するために、破産申立に使う書式を統一しています。しかし、個人の破産申立は、消費者金融からの多重債務が原因のものがほとんどです。裁判所の書式は、そのようなものに対応したもので、今回のようなものに合わせようとするとかえっておかしくなります。知り合いの弁護士にも相談して、やはり裁判所の書式に合わせた方がいいだろうということになり、書式の一部を修正して、なんとか裁判所の書式に合わせ、それとは別に事案の詳細な説明の報告書を作成しました。
 こうして、破産申立をしました。

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(7) 破産手続

 Aさんの財産は、火災保険などを含めた預貯金と、ビルの敷地(土地)しかありません。預貯金は管財人に渡し、後は、管財人が土地をいくらで売れるかということでした。申立前に土地を売却してしまうことも一応、考えましたが、遺族側の弁護士とも協議し、土地の売却は管財人にやってもらうことにしました。

 土地は、早めにビルの解体ができたため、同じような居住用のビルがならんでいる一画に、草が生えている空き地があるという状態でした。そこで痛ましいことがあったことは見た目は分からない状態になっていました。無論、火災があったことは買い主に伝えてはいましたが、思った以上に高額で売却できました。
 しかし、火事の被害に遭われた賃借人やご遺族の賠償金額には届きませんでした。それでも、2/3くらいの配当になりました。

 レポートは以上です。Aさんも就職ができる年齢ではなく、財産全てを失いましたが、Aさんのことはここでお伝えする話ではありません。
 

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3.賃貸人に火災の責任がない場合(賃借人に責任がある場合など)

(1) 火事の責任はなくても修繕義務がある場合があります

 賃貸人に火災の責任がない場合です。

 この場合でも、賃貸人は、賃借人に対して、前払い家賃の日割り分や敷金を返還しなければならないのは当然ですが、それ以上に、何らかの賠償などの義務はありません(複数の賃借人がいるアパートなどの場合、責任のない賃借人に対しても、賠償責任はありません)。

 賃貸人には修繕義務など、賃借人に建物を貸す義務がありますが、全焼した場合にアパートを再築する義務はありません。ただし、火災の程度が軽微でそれほどの費用をかけなくても修繕可能な場合には、修繕して、賃借人に貸す義務があります。(*1)

(*1) 2020年4月1日以降に契約した賃貸借契約の場合(合意更新の場合も同様とされています)、賃借人の責任で修繕の必要が発生したときには、賃貸人には修繕義務がないことが法律上明記されました(責任のある賃借人に対して義務かないという意味です。それ以外の賃借人に対しては責任があります)。それ以前に契約した場合には、賃貸人に修繕義務があることになります。しかし、修繕にかかった費用は、責任のある賃借人に負担させる(賃貸人から賃借人に賠償請求ができる)ので、結果的には変わりはありません。

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(2) 賃借人の契約責任と証明

 賃借人には、 賃貸人との関係で、善良なる管理者の注意をもって賃借している物件を使用、管理すべき契約上の義務があるとされます。
 そして、賃借人が管理する賃借物件内から出火すれば、責任が推定され、賃借人が自分の責任でないことを証明しない限り、契約上の責任を負担することになります。つまり、出火場所が賃借している物件内と特定されれば、出火原因が不明の場合でも、賠償責任があります(東京高裁平成16年 2月26日判決)。

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(3) 賃借人の賠償責任の範囲

 賃借人に火事の責任がある場合には、賃借人は賃貸人に対して建物の損害などについて賠償責任があります。この場合も、賃貸借契約に基づく、契約上の責任になります。そのため、賃貸人に対する関係では、因果関係のある全ての賃貸人の損害に対して賠償責任を負うことになります。(*1)
 しかし、他の賃借人との間には契約関係はないので、火事の責任のある賃借人は、他の賃借人に賠償する責任はありません(故意または重過失があって失火責任法の適用がない場合は、賠償責任があります)。

 賃借人が契約する火災保険の中には、賃借人自身の家財が焼失した場合の保険に加えて、賃借人から賃貸人に対する損害賠償責任をカバーする保険(借家人賠償責任保険といいます)がセットになった保険があります。通常は、賃貸借契約の中に、これらの保険契約を保険会社と結ばなければならないという条項があり、仲介会社を通じて、保険会社と契約を結びます。


(*1) 賃借人の賃貸人に対する責任の根拠について、古い裁判例は、原状回復義務(契約終了時に借りていた建物を借りる前の状態で返す義務)に違反する(火事で焼けていない状態で返さなければならないのに火事でそれができなくなったこと)とするものもありました。そのため、アパートの一室を借りていた場合、アパートが全焼しても借りていた一室だけの損害に限定されるという考えもありました。しかし、東京高裁平成16年 2月26日判決(この判決が先例ではありませんが)は、賃貸人に発生する全ての損害について賠償を認めました。理由は特に書いてありませんが、「失火しない」という契約上の責任があり、そこから因果関係のある賃貸人の損害全部について責任がある、ということです(ただし、上記のとおり、賃貸人の配偶者は契約当事者ではないので、同人が死亡したことによる逸失利益の賠償は認めませんでした。→上記の1(2)のイをご覧ください )。 (▲本文へ戻る

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弁護士 内藤寿彦 (東京弁護士会所属)
内藤寿彦法律事務所 東京都港区虎ノ門5-12-13白井ビル4階  電話 03-3459-6391