立ち退いてもらって物件を売りたいというのは、正当事由になりますか

 土地・建物の所有者が、物件を売ってお金を作りたいと思うことがあります。建物にテナントがいる場合でも、高い賃料が入る物件だったら、買う側も、テナントが入っている状態の方を歓迎します。つまり、高く売れます。
 しかし、建物が古い場合には、テナントが入っている状態では高く売れません。このような物件は、建て替えると、貸室数や床面積を増やすことができ、しかも、床面積あたりの賃料も高くできる場合があります。このように買い手が、建て替えを目的として物件を買う場合には、テナントがいない状態だったら、買い手にとって魅力的な物件なので高く売れるのですが、テナントがいる場合には高くは売れません。

 そこで、物件の所有者は、高く売るために賃借人に立ち退いてもらいたいと思います。
 この場合、話し合いで解決、つまり、お金を積んで納得して立ち退いてもらえれば、法律がどうこう言う必要はありません。
 しかし、話し合いで解決しない場合は、裁判所での解決ができるかどうか問題になります。

【目次】
1.建物の建て替えと正当事由
2.判決ではお金が必要な理由を要求しているようです
3.自分で建て替える場合との違い
4.権利関係を整理して利益を得ようとするのは好まれないようです
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1. 建物の建て替えと正当事由

 法律上、賃貸人が落ち度のない賃借人に、建物から退去してもらうためには、「正当事由」が必要になります。立退料は、正当事由の「補完」要素(賃貸人側の事情を補うもの)なので、建物使用の必要がないのに立退料を払うから出ていってほしいと言っても、裁判所は正当事由を認めません。正当事由は、「賃貸人が建物を使用する必要」が重要な要素になっています。
 耐震基準を充たしていない建物を取り壊して建て替える場合も、正確には建物は壊すだけで、その建物を賃貸人が使うわけでないのですが、この場合も、裁判所は「建物を使用する必要」の1つの場合だとしています(*1)
 しかし、これはあくまでも、賃貸人が「建物の建て替え」をする場合です。

 これに対し、取り壊して土地を売却しようとする場合や、賃借人を退去させて空になった建物を土地と一緒に売る場合は、自分で建替えをする場合よりも、正当事由のハードルが高くなっているように思います。

(*1) 理由を明示してある判決はほとんどありませんが、「取り壊すことも建物の使用の1つ」という理屈だと思います。なお、東京地裁平成24.8.28判決は「建物の返還を受け,これを取り壊し,敷地上に新たに建物を建築することも,賃貸人の建物使用の必要性に準じるものとして考慮することができる」と言っています。 (▲本文へ戻る

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2. 判決ではお金が必要な理由を要求しているようです

 裁判所は、お金を必要とする事情がないと、売りたいという場合に正当事由を認めてくれない傾向があるように思います。

 明け渡しを認めたもの(ただし、全て立退料が条件になっています)は
 ① 遺産分割のために、建物を取り壊して土地を売りたいという事例(東京地裁平成22. 4.13判決)(*1)
 ②多額の相続税の支払いのために不動産を売却する必要があった事例(東京地裁平成13.12.21判決)。この事案は、相続税の大部分が当該ビルを相続したことで発生したという事情があり、また、賃借人が立ち退いた状態で売却しなければ相続税の支払いができないという事案でした。
 ③借金返済のための資金作りのため、賃借人を退去させて建物と借地権を売却する必要があった事例(東京高裁平成12.12.14判決)
があります。
 いずれも、建物が老朽化していて、そのままの状態では高く売れないというケースです。3つの判決に共通するのは、建物の所有者側に、土地を売ってお金を作る必要性があったことです。

 しかし、債務整理の必要性があっても正当事由を認めなかったものもあります(東京地裁平成21. 1.28判決)。
 この事案は、賃借人が建物で飲食店の営業をしていました。立ち退きによる営業の損失が大きくなるのに、賃貸人側が提示した立退料の金額が低すぎたという事情があったようです。また、判決によると、物件の売却をしなくても、債務整理の方法があり得ることも、請求を認めなかった理由の1つになっています。

 なお、賃貸人にお金が必要な場合、立ち退き料の金額がどうなるかも気になるところですが、特に考慮されない(特に安くはならない)、というのが裁判所の傾向のように思います。賃借人としては、賃貸人がお金が必要になったことに責任があるわけではなく、関係ない話です。
 立ち退きを認めなかった判決のように、賃借人に十分な立退料が支払われない場合には、立ち退きを認めない、ということになります。その場合、賃貸人(建物所有者)は、低い金額で、土地・建物を第三者に売却することもありますが、賃貸借契約が、新しい建物所有者に引きつがれるだけで、賃借人に不利益はありません。

(*1) この事案は少々複雑ですが、ざっくり言ってしまうと、遺産分割調停の結果、建物とその敷地(土地)を取得した相続人(建物所有者)が、取得した相続分を実現するためには、建物を取り壊して土地を売却する必要があるとして、賃借人に明渡を求めた事案です。裁判所は相当額の立退料と引き換えに建物の明渡を認めました。遺産分割調停を経ていましたので、後になって建物明渡は認められない、とはしにくかったのかと思います。なお、賃借人は正当事由の有無は特に問題にしないで、立退料の金額で争っていました。(▲本文に戻る)。

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3. 自分で建て替える場合との違い

 判例検索システムで探した範囲では、高く売りたいという理由だけで(立退料は必要ですが)、正面から立ち退きを認めた判決は、見当たりませんでした(検索キーワードの選び方の問題かも知れませんが)。
  ただし、逆に、「お金が必要な理由が特にないのに、高く売りたいというだけでは立退料を払っても、正当事由は認められない」と明言しているような最近の判決例も見当たりません(*1)

 賃貸人が建物の建て替えをする場合も、利益があがるように建物を建て替えるので、賃貸人の経済的な利益が目的です。
 第三者に売る場合も、賃貸人の利益が目的です。また、これを買った第三者が新しい建物を建てれば、土地が有効に使われることになります。つまり、賃貸人自身が建物の建て替えをする場合も、売って第三者が建物の建て替えをする場合も、実態は同じだと思います。

 しかし、売りたいという場合には、問題になりそうな点が2つあります。

 1つは、法律上、正当事由の理由として、賃貸人が「建物を使用する必要がある」ことが重要な要素になっていることです。しかし、自分で建て替えをする場合でも、建物は取り壊すだけですから、厳密に言えば「建物の使用」ではありません。それでも、正当事由が認められています。
 売る場合も、「お金を必要とする理由」のあることが要件のようになっているとは言え、正当事由を認めている事例もありますから、この点は問題にならないと言えます。

 もう1つ問題になりそうな点があります。裁判では「今、この裁判でテナントに立ち退きを求める理由は何か」ということが問題になります。テナントは、今、この裁判での明け渡しを求められているからです。そして、この点を考えた場合、「今、お金が必要だから」というのは理由になりますが、「別に今、お金が必要ではないが高く売りたい」という場合は理由が弱いように思います。
 この点は、建て替えの場合にも言えることです。しかし、建て替えの場合、ほとんどのケースで、耐震強度不足に加えて建物の老朽化(賃貸借契約の継続困難)などを主張しているので、この要件を充たしていると言えます。(*2)

 売る予定の場合、耐震強度不足などの事情があっても、それだけでは心細いです。賃貸人側に、お金が必要な事情や、売りたい事情があるはずですから、その点を理由に加えた方が好ましいと思います。
 ありがちな話として、「自分(建物所有者)が高齢になり、今後の管理が難しい、また、相続に備えて売却してお金にした方がいいのだが、耐震強度不足の上にテナントがいた状態では高く売れない」などの理由があります。これで通るかどうかは何とも言えませんが、この点をあいまいにするよりはマシです(十分な立退料を支払うことを条件に認めてもいいように思いますが)。
 しかし、それでも、和解の段階で、裁判官から「ちょっと正当事由として弱い」と言われると、立退料額を上げて和解に応じなければならなくなる可能性があります(拒否して判決もらうのはちょっと怖いです)。


(*1) 最近のものではありませんが、東京高裁昭和26年 1月29日判決は、「賃貸人がその家計上、売ってお金にする必要があり、有利に売るには空家とする必要があるという事実だけでは、賃貸借解約の正当の事由と認められない」と言っています。解説書などではこの判決が先例として引用されています。しかし、この事例は、賃貸人側から、代わりの物件を貸すという申入がされています。物件ですが、立退料と同じように考えることができます。ところが判決によると、代わりの物件が、現在の物件に比べて非常に条件が悪く、そのことも明け渡しを否定する理由になっています。この点は、立退料の金額が低い場合と同じように考えることができます。(▲本文へ戻る


(*2) 「建物の耐震強度に問題があるので、取り壊しの必要がある。しかし、取り壊した後の建て替えの計画はない」と正面から主張した事例について、「今、直ちに取り壊す必要があるとは言えない」として明け渡しを認めなかった判決があります(東京地裁平成25年12月24日判決)。この判決については、「耐震強度不足の建物の建て替えと正当事由」の「危険性と有効利用の2つの理由があります」の(*1)をご覧ください(ページが飛ぶのでここに戻る場合は、画面の上の左の「←」をクリックしてください)。(▲本文へ戻る

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4. 権利関係を整理して利益を得ようとするのは好まれないようです

 最初から自分で物件を使うつもりがないのに、土地建物の所有者から、賃借人がいる状態で、物件を買い上げ、賃借人を退去させた上で、第三者に高値で売却する業者もいます。

 賃借人がいる状態で建物を買い上げると、買受人(業者)は、建物の所有権と、賃貸借契約の賃貸人の地位を引き継ぎます。このため、買受人が、賃借人と立ち退きの交渉をすることに法律上の問題はありません(賃貸人本人だからです。本人以外の者は、本人から依頼された場合でも、弁護士でないと、弁護士法違反になり刑事罰の対象になります)。
 そして、交渉が成立すれば、賃借人に立ち退いてもらうことができます。

 問題は、このような業者が裁判を利用して、賃借人に立ち退きを求めることができるか、ということです。無論、賃貸人本人ですから、明け渡しの裁判を起こすことは可能です。また、訴えてから裁判所で和解をすることも全く問題はありません。
 しかし、裁判所に、判決でこの訴えを認めてもらうのは厳しいように思います。

 この種の業者の場合、 立ち退かせること自体で利益を得ることが目的です。建物を取得した理由は、賃借人を立ち退かせて土地建物を高値で売却して利益を得ることにあるので、純粋な意味で建物を所有する目的があったのか疑問です。この点で裁判所も厳しい見方をすることになります(あくまでも和解が成立しない場合です。賃借人が提示された立退料で納得して退去する場合には問題になりません)。

 そのためか、本当は売るつもりなのに、業者が自分でビルの建て替えをする計画があると主張するケースもあるようです。
 しかし、本当はそうではない、と裁判所が見抜いてしまうと、取り返しがつかなくなります
 買い受けた土地の上に、自社ビルを建てる計画があると賃貸人が主張していた事案ですが、裁判所は、賃借人を立ち退かせた後で売却する疑いがあると言った上で、「その主張する自社の社屋なるものを建築する具体的必要性があることも、実際にその建築をする具体的計画があることも認められないのであるから、本件建物を自ら使用する必要があるとは認められない 」としました(東京高裁平成 5.12.27判決)。

 賃貸人が主張している正当事由(自社ビルを建てる必要)が認められないのですから、立ち退きの訴えが認められなかったのは当然です。
 実際には、大手の会社が周辺地域と一緒に再開発を計画していて、その一環として動いていたようですから、そのとおり主張したらどうなったのだろうかと思います。

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5. 関連記事

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 落ち度のない賃借人に賃貸人が立ち退きを求める場合の、基礎知識として、更新拒絶の通知、更新拒絶の正当事由や立退料の意味などを簡単に説明しています。
●「立退料の相場・計算方法
 立退料は、賃借人の移転に伴う費用や損失の補償額を調整して決まります。その基準や計算方法を解説します。
●「正当事由・立退料に影響する事情
 賃料が相場よりも低い場合立退料にどう影響するのか、老朽化した賃貸物件を高く売るために立ち退きを求めるのは正当事由が認められるのか、オーナーチェンジして賃貸物件を取得した賃貸人による立ち退き要求に正当事由は認められるのかなど、このページからそれぞれの記事に移動できます。
●「立ち退き問題の手続の流れ
 話し合い解決、調停、裁判所での和解、判決、判決後の手続など、立ち退き問題の手続の流れを説明します。

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弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
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