これは騙されて作られた遺言書だ

 「本人がこんなおかしな遺言をするはずがない」「いや、間違いなく本人の遺言書です」「認知症だったんだ」「いや、認知症と言ってもごく軽度ですから問題はありません」「詐欺だ。騙されて書かされたんだ。そうでなければこんな遺言をするはずがない」
  誰かに騙されて遺言が作成された場合、つまり、詐欺による遺言は取り消されて無効になります。
  また、誰かに騙されたかどうかと関係なく、認識を誤って、それが原因で遺言をすれば、錯誤(さくご)による遺言になります。この遺言は無効です(2020年4月1日以降に作成された遺言書は、当然に無効ではなくて、取り消されると無効になります)。
 ただし、 詐欺による遺言だと裁判で争われた例はありますが、 裁判所が詐欺だと認めた例はほとんどありません。しかし、錯誤による遺言なので無効だと認めた判決はあります。

※自筆遺言が形式的理由で無効になる場合については「自筆遺言の落とし穴」、自筆遺言の偽造については「偽造された自筆遺言」、認知症など遺言者に遺言能力がないので遺言が無効になる場合については「認知症・末期癌などによる遺言の無効」をご覧ください。

【目次】
1.詐欺による遺言
 (1) 詐欺による遺言とは
 (2) 詐欺による遺言に関する裁判例
 (3) 詐欺による遺言と認められるためには
 (4) 詐欺による遺言の取消
2. 錯誤による遺言
 (1) 錯誤による遺言とは
 (2) 錯誤による遺言の裁判例

1.詐欺による遺言

(1) 詐欺による遺言 とは

 騙されて遺言書を作成したというケースです。
 裁判例を見ると、遺言で不利な扱いを受けた人が、「この遺言は、騙されて書かされたものだ。だから、無効だ」と主張した事例を見つけることがあります。
 理屈の上では、騙されて遺言を書かされたり、公正証書遺言をした場合、遺言をした人の相続人は、その遺言を取り消すことができます。取り消すと遺言は無効になります
 なお、遺言を書いた人が亡くなる前なら、その人が遺言を書き直すこともできます。(*1)

(*1) 遺言をした人は、いつでも遺言を取り消すことができます。騙されて遺言をした場合だけでなく、何の理由もなく「気が変わった」だけでも、取り消せます。ただし、遺言をした人が遺言を取り消すためには、遺言で取消をするのが原則です。遺言と矛盾する生前の行為をした場合も遺言の取消になります。遺言で有利になる人に「あの遺言は取り消す」と言っただけでは、取消になりません。

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(2) 詐欺による遺言に関する裁判例

 詐欺による遺言を認めた裁判例は、見当たりません。
 見つけられないだけかも知れませんが、判例検索システムを使って、適当なキーワードを入れて検索しても、見つかりません。
 詐欺による遺言だと主張したという裁判例はいつくか見つかりましたが、どれも判決で、詐欺は認められないとして、詐欺による遺言の主張を退けています。

 これらの事例には共通する点があります。まず、遺言で不利益を受ける相続人が、認知症などによる遺言の無効を主張し、これが認められない場合を想定して、「認知症による無効が認められない場合でも、詐欺による遺言だから取り消す」という主張をしています。
 つまり、詐欺によって遺言をしたという動かぬ証拠があって、裁判所で主張をしたのではありません。認知症だから無効だと主張して、それでダメならという形で、騙されて遺言を書かされたと主張したものばかりでした。

 認知症で遺言が無効だと主張するケースも、遺言で利益を受ける人が働きかけて、認知症で遺言の意味が分からない人に遺言を書かせたという主張です。詐欺による遺言も、遺言で利益を受ける人が、遺言者を騙して遺言を書かせたという主張になります。どちらも、遺言で利益を得る人が遺言者に働きかけたという意味では共通しています。

  詐欺による遺言と認められるためには、
 ① 誰かが遺言者を騙したという事実と、
 ②遺言者が騙されてそれが動機になって遺言をした事実
の2つが必要になります。
 ところが、手紙などの証拠があればともかく、まず、「騙した」という部分で証拠がありません。
 また、何が動機で遺言をしたのか、通常、遺言書には書いてありません。つまり、事実と違う話を聞いたとしても、それが動機になってその遺言をしたのかどうか、分かりません。

 不確実な証拠しかないのでは裁判所も遺言を無効とは認めません。
 遺言で不利に扱われた人が「亡くなる前に本人から聞いたのですが、○○からこう聞かされたので遺言をすることにしたと言っていました。だけど、その聞かされた話というのは事実じゃないんですよ」と裁判所で供述したとしても、それを裏付ける客観的な証拠がないと裁判官も詐欺の認定はできません。

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(3) 詐欺による遺言と認められるためには

 否定的な話ばかりしましたが、公正証書遺言では遺言本文の後の「付言」に遺言の動機が書いてある場合があります(付け足しの部分なので、「付言」がない遺言が多いです)。自筆遺言も遺言本文以外のことを書くことができるので、動機が書いてある場合もあります。また、遺言以外のもの(遺言者が書いた日記など)から動機が分かる場合もあり得ます。
 その動機が事実でないことが証拠から認められ、その事実でない動機が、誰かに騙された結果だと証明できれば、詐欺による遺言だと認められることになります。

 ただし、その動機が、「○○は、長年にわたって、自分を助けてくれたので、○○に全財産を渡すことにした」などと抽象的な場合には、動機が事実ではない、という証明はほとんどできませんし、○○が騙したことも証明できません。
 動機が具体的で、しかも、それが事実でないことが証明できる場合もあると思います。しかし、その場合でも、その事実を遺言者に伝えた人物が故意に事実と違うことを遺言者に伝えて、遺言書を書かせたと証明できないと、詐欺による遺言とは証明できないことになります。
 つまり、ハードルは高いです。遺言者が日記に遺言をした経過などを書いてある場合は証明できるかも知れませんが、そうでない場合は難しいと思います。

 ただし、
 ①遺言に動機と書いてある事実が、真実でないという客観的な証拠がある
 ②遺言によって利益を受ける者から言われなければ、遺言者がそれを事実だと思うことはあり得ない。
 ③そのように言った者は、その事実についてよく知っていて、間違うはずがない、
という場合には、詐欺による遺言と認められることになります。

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(4) 詐欺による遺言の取消

 詐欺による遺言は、「取消」をしないと無効になりません。
 遺言の内容が遺贈(相続人以外の第三者の財産を譲る)の場合は、共同相続人が、遺贈を受ける者に対して、遺言を取り消すと言えば足ります。

 この場合、共同相続人全員の必要はなく、相続分の過半数をもっている相続人が取消の意思を伝えればいいのです。逆に言うと、過半数が取り消すことに同意しないと取消ができないのです。
 詐欺による遺言なんだから、過半数でなくてもいいじゃないかと思いますが、遺言の内容によっては、相続人に有利な場合もあるので、共同相続の場合には取り消すかどうかは過半数で決めることになります(裁判例はないので、とりあえず、理屈だけの話ですが)。(*1)
 

 これに対し、共同相続人が2名だけで(遺言者の2名の子、AとBとします)、Aが遺言者を騙して全財産を自分に相続させると遺言させた場合に詐欺だと証明されると、詐欺をして遺言をさせたAは、相続人ではなくなります(相続欠格です)。

 しかし、この場合でも、代襲相続します。Aに子(C)がいると(遺言者の孫です)、CはAの代襲相続人になり、Aの代わりに相続します。ところが、遺言の代襲相続(Aに対する遺言の内容がAの子のCに受け継がれること)はありません。このため、遺言の詐欺取消をするまでもなく、Aに全財産を相続させるという遺言が無効になります。ただし、CはAの法定相続分について相続できます。(*2) 
 このように、一応、建前としてはなりますが、実際にこのようなことが起こるとは思えません。詐欺による取消をしないと(取消が有効かどうかは別として)遺言の偽造を前提とする遺言無効の確認の訴えなどができません。訴えが起こせないと、遺言書が詐欺によるという主張の場がないことになり、裁判所が遺言が詐欺によるという認定をすることもできません。共同相続人2名の場合には、堂々巡りにしかならないのではないかと思います。無論、共同相続人が3名以上なら、1人が詐欺をしても、残りの2名で取消権行使に必要な過半数になるので、詐欺による取消、相続欠格、代襲相続と言った流れになります。

(*1) 取り消しの対象は、遺言のうち、詐欺による部分だけです。「相続人Aには○○の財産を、相続人Bには△△の財産を、相続人でないCには◇◇の財産を譲る」という遺言があり、Cが詐欺をしてCに遺贈するという部分を書かせた場合には、Cに財産を譲るという部分だけが、取り消されたら無効になります。遺言書の全部が取り消しで無効になるのではありません。この場合、取り消された◇◇の財産については、遺産の一部が抜けている遺言と同じ処理をすることになります。この点は「遺産の一部の遺言書」をご覧ください)。(▲本文へ戻る

(*2) 遺言ではなくて、死因贈与契約でも遺産を譲ることができます。死因贈与契約というのは、自分が死んだら、財産を贈与するという契約です。遺言と違って契約ですから、財産を受け取る人と合意をする必要があります。そこで、財産を譲り受ける人が、財産を持っている人を騙して、自分に財産を死因贈与するという契約をすることもあり得ます。これも理屈の上では、詐欺が証明されれば、相続人は、その取消ができます。
 ただし、上の例のように、共同相続人の1人が親を騙して死因贈与契約をしたような場合には、それが証明できても、相続欠格の問題は起きません(法律上は、詐欺で遺言をさせた場合には相続欠格になりますが、死因贈与では相続欠格になりません)。そのため、上の例で言うと、詐欺をしたAとBが合意しないと取消ができないことになります(Bだけでは過半数にならないからです)。詐欺をして自分に財産が来ることになっているAがBに協力して、死因贈与契約を取り消すことはあり得ません。つまり、取消ができないことになります。
 それは非常識だろうと思います。ただし、この場合は、死因贈与契約が2020年4月1日よりも前に作られたものなら、錯誤で無効になります(つまり、Aの協力はいりません)。しかし、死因贈与契約が2020年4月以降にされた場合には、錯誤も取消さないと無効にならないので、詐欺による取消と同じ問題が起こります。 (▲本文へ戻る

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2.錯誤による遺言

(1) 錯誤による遺言とは

 錯誤による遺言というのは、事実と違うのに事実だと思って遺言をしたということです。誤解と言ってもいいでしょう。自分で勝手に思い込む場合の他、騙されて誤解する場合も含みます(*1)

 しかし、小さなこと、周辺的なことについての誤解では足りません。法律でも「要素の錯誤は無効とする」とあります。遺言をすることについて、重要な事実についての誤解でなければなりません。
 2020年4月1日以降に作られた遺言書が錯誤による場合には、当然に無効ではなくて、相続人が取り消さないと無効になりませんが、要件は基本的には同じです。

錯誤による遺言を無効とした判決(さいたま地裁熊谷支部平成27.3.23判決)は、「遺言者が真実を知っていたならばその遺言をしなかったといえることを要する」としています。

(*1) 錯誤による遺言という場合、例えば、「Aに○○の財産を相続させる」と書こうとしたのに、物件の表示を間違えて、別の物件を書いてしまった場合(「Aに△△の財産を相続させる」と書いた場合)や、相続させる人を間違えた場合(「Bに○○の財産を相続させる」と書いた場合)も含みます。この場合も重要な間違いなので、そのことが証明できれば、錯誤による遺言として無効になります。
 しかし、ここでは、錯誤による遺言のうち、遺言をする動機(「○○をAに相続させる」理由)について、前提事実に誤解があった場合(これを動機の錯誤と言います)について、お話をします。(▲本文へ戻る

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(2) 錯誤による遺言を認めた裁判

 錯誤による遺言と認め、遺言を無効とした、さいたま地裁熊谷支部平成27年3月23日判決は、珍しい判決なので、紹介します。
 問題の遺言は、遺言者が入所していた養護盲老人ホームを経営する社会福祉法人に、全部の財産を遺贈する、というものでした。
 しかし、遺言者には子がいました。子がいるのに、全財産を社会福祉法人に遺贈するという遺言を書いたのです。その動機について、判決は「子が財産を必要とした場合には、施設が子に財産を給付してくれると思った」からだとしています。ところが、施設や社会福祉法人には、受け取った財産を遺言者の子に交付する義務はありません。遺言者の誤解です。

 なぜ、こんな認定ができたのかと言うと、遺言者が、遺言の前に「遺言骨子」という、自分の希望を書いたものを作っていたからです。「遺言骨子」には、遺言者が施設に対し、自分の財産の中から、子が必要な財産を給付することを希望していたことが書いてありました。このことと、子がいるのに、財産全部を社会福祉法人に遺贈するのは、おかしいだろうということから、遺言書を無効としたのです。「遺言骨子」のような明確な証拠がなかった場合には、遺言者が誤解していたことや、それが動機で遺言をしたことを認定するのは難しかったと思います。

 ところで、この遺言は、公正証書遺言です。公証人が遺言者から聴き取って作成したものです。本人がお世話になった施設などに遺贈するのは、珍しいことではないので、公証人も特に疑問を持たなかったのではないかと思います。遺言者の方も、誤解しているとは言え、施設に全財産を遺贈するつもりはあったので、遺言をすること自体に問題はなかったようです(公証人とのやり取りに問題があったことも争われていますが、裁判所は問題なしとしました)。とは言え、判決は、遺言の動機について誤解があり、真実を知っていれば遺言はしなかったと認定して、遺言を無効だとしました。

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弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
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