遺産の一部が書いていない遺言書・遺産の一部だけの遺言書

 一通の遺言書に遺産の全部が書いてあるのが普通です。
 しかし、一通の遺言書に遺産の一部だけしか書いてない遺言もあります。これも有効な遺言です。
 遺言者が意識して遺産の一部しか書かない場合もあります。 また、一部の遺産について、書き忘れる場合もあります。遺言の一部が無効になったため、その部分について書いていないことになる場合もあります。
 このような一部の遺産が書いていない場合には、書いていない遺産が誰のものになるのか、問題が起こります。このような遺言書について、弁護士が解説します。ご相談もどうぞ。

(目次)
1.遺産の一部が書いていない遺言書、一部しか書いていない遺言書とは
2.遺言者の真意で解釈します
 (1) 遺言の文字だけではいくつかの解釈ができます
 (2) 判決は妻に有利に解釈しました
3.遺産の一部が書いていない遺言の一般的な処理
 (1) 1億円のうち2000万円を相続させるという遺言の場合
 (2) 1億円のうち6000万円を相続させるという遺言の場合
 (3) 1億円のうち8000万円を相続させるという遺言の場合
4.現実にはやっかいな問題が残ります 
 (1) 財産の評価の問題
 (2) 不動産の登記

1.遺産の一部が書いていない遺言書、一部しか書いていない遺言書とは

 遺言書は、一通の遺言書に、全部の遺産が書いてあるものが多いです。書き方は色々で、「全部の遺産を○○に相続させる」という簡単なものもあれば、「・・・はAに相続させる。・・・はBに相続させる」という形で、全ての遺産について書いてある場合もあります。また、主な遺産について具体的に書き、最後に「その余の遺産は全て○○に相続させる」などと書いてある場合(公正証書遺言は公証人がこのように書くことを勧めます)もあります。
 しかし、一通の遺言書に遺産の全部が書いてない場合があります。これも有効な遺言です。

  遺産の全部が書いていない場合も色々なケースがあります。ほとんどの遺産をどうするのか書いてあって、一部だけが抜けている場合もあれば、一部だけ書いてあってほとんどの遺産が書いていない場合もあります。
 また、意識して一部しか書いていない場合もあれば、全部を書こうとしたのに、抜けてしまった場合もあります。
 遺言の一部が無効なので、その部分の遺産が抜けてしまう場合もあります。(*1)
 いずれにしても、遺産の一部が脱けている場合には、書いてない遺産がどうなるのか(誰のものになるのか)問題になります。(*2)

(*1)遺言の一部が無効なため、遺産の一部が抜けてしまう例として、遺産の一部について、「祖先のことを思ってくれる者」とか「一番ふさわしいと皆が認める者」など、具体的に「誰」と書いてない場合があります。この場合も、誰が相続するのか書いてないのと同じことになります。これについては「自筆遺言の落とし穴」の「遺産を受け取る人が特定されていない」をご覧ください。公正証書遺言では通常、あり得ません。(▲本文へ戻る) 

(*2) 複数の財産がある場合に、財産ごとに別の遺言書に分けて書いたり、相続人ごとに分けて書いたりする人もいます。この場合は、1通の遺言書に書いていない財産が誰のものになるのか、という問題は起きません。しかし、このような遺言は、お勧めはできません。本当に遺産や相続人ごとに複数の遺言を作成したのかどうか、亡くなった後で分からなくなる場合もあるからです。遺言は、亡くなった人の「その時の気持ち」を表したものです(そのため、後で変更するのも自由です)。「その時の気持ち」は一通にまとめた方が、亡くなった後の関係者のためになります。(▲本文へ戻る

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2.遺言者の真意で解釈します

(1) 遺言の文字だけではいくつかの解釈ができます

 例えば、遺産総額1億円の遺産を持っていた人がいたとします。
 その人が、「妻に不動産(4000万円相当)を相続させる」という遺言を書いて亡くなったとします。
 その人の相続人は、妻と、兄(亡くなった人の兄)で、子はいないとします。法定相続分は、妻が3/4で、兄が1/4です (法定相続分については「相続人の範囲と法定相続分」をご覧ください) 。

 この場合、残りの遺産(6000万円相当)がどうなるのか、遺言を書いた人の真意を遺言から解釈することになります。
 遺言書の文字だけから、可能性として考えられるのは、次の3つです。
①妻には、4000万円相当の不動産だけを相続させて、残りの6000万円分の遺産は兄に相続させる
②妻に、4000万円相当の不動産を相続させるが、残りの6000万円分の遺産は妻と兄で法定相続分で相続させる
妻と兄に遺産全体を法定相続分で相続させるが、4000万円相当の不動産だけは妻に相続させたい。

 このように文字だけでは、3とおりの解釈が可能となりますが、遺産を取りたい人が自分に有利な解釈を主張したら、収拾がつかなくなります。
  裁判所は、「遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、 遺言書の全部の記載との関連や、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究すべきである」と言っています(最高裁昭和58年3月18日判決)。
 しかし、遺言書には書いていないけれども、遺言者の真意はこうだったんだ、と言うのは遺言の解釈ではありません。 遺言の解釈は、あくまでも、遺言書に書いてあることの解釈です。

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(2) 判決は妻に有利に解釈しました

 (1)の例題(遺産総額1億円のうち、4000万円相当の不動産を妻に相続させるという遺言)ですが、この場合、妻の法定相続分は3/4ですから、7500万円相当になります。兄の法定相続分は1/4で、2500万円相当です。
 4000万円相当の不動産だけでは、妻の法定相続分よりも少ないことになります。

 東京地裁平成26年 9月19日判決は、このケースについて、「自宅だけでは妻の法定相続分に満たず、他の遺産を相続させないという事情も認められない場合、自宅以外の財産を相続させないと解釈することはできない」としました。

 結論はそのとおりだと思いますが、はっきり言えば、兄に6000万円分を相続させるつもりだったら、遺言にそのことを書くだろう、というのが常識的な解釈だと思います
 とは言え、夫婦仲がひどく悪い場合や兄に世話になったという事情がある場合もあり得ますから、「妻に他の遺産を相続させないという事情」についても検討して、そのような事情は認められないと言っているわけです。つまり、(1)に書いた3つの可能性のうち、妻に他の遺産を相続させないという事情が認められない場合には、①の可能性はない、ということになります。
 ただし、夫婦の仲が悪かったという事情があった場合でも、遺言書に書いてないのに、兄に6000万円分の財産を相続させるのかというと、裁判所も躊躇すると思います(夫婦の心情は他人には分かりにくいという事情もあります) 。つまり、よほどのことがない限り、①はないと思います(あくまでも、妻と兄というケースが前提です)。

 では、②と③についてはどうでしょうか。
 ②だとすると残りの6000万円は、妻が4500万円、兄が1500万円分を相続することになります。また、③だとすると、すでに妻が4000万円の不動産を相続することになるので、 残りの6000万円は、 妻が3500万円、兄が2500万円を相続することになります(③の計算方法については、「3 遺産の一部が書いていない遺言の原則的な処理」で改めてお話します)。

 通常は、遺言の一部を相続させるとしか書いてない遺言の場合は、③だと解釈される場合が多いです。②と解釈するためには、原則として、遺言書の中に、「②で処理するということ」 が書いてある必要があります (「持戻の免除の意思表示」と言いますが、要するに、②で処理するつもりだったんだな、ということが分かる記載があればいいのです)。
 ただし、Aは妻ですから、遺言書に書いてある4000万円の財産が、自宅の土地建物で、Aと妻との婚姻期間が20年の場合(正式に結婚してから亡くなるまでの期間)で、Aが亡くなったのが2019年7月1日以降の場合には、遺言書に書いてなくても、持戻の免除の意思表示が推定されることになりました。つまり、②で処理するという遺言だったと推定されます。このため、遺言書に③の趣旨で4000万円相当の自宅の土地建物をAに相続させると書いてある場合や、何らかの証拠で、③の趣旨だったことが認められない限り、②の趣旨の遺言ということで処理されます。(*1)

(*1) 夫が税金対策などで、妻に自宅の土地建物を生前贈与することもありますが、その場合は、贈与した時期が、結婚してから20年経っていることと、生前贈与が2019年7月1日以降でないと、持戻の免除の意志は推定されません。しかし、生前贈与の場合は、遺言と違って、亡くなった人と妻との関係から、持戻の免除の意志が認められやすいと言えます。

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3.遺産の一部が書いていない遺言の原則的な処理

 2の例は、遺言者の妻と、遺言者の兄が共同相続人になったケースで、平等な関係とは言えないケースでした。ここでは、より一般的なお話をするため、遺言者の2人の子(兄弟)が共同相続人になるケースでお話します。

(1) 1億円のうち2000万円を相続させるという遺言の場合

 例えば、子AとBの2人が相続人の場合で、遺産総額1億円(1億円分の遺産という意味です)のうち、「2000万円分の財産をAに相続させる」とだけ書いてある遺言書がある場合(2000万円に相当する特定の不動産などが書かれていることを前提にします)ですが、この場合も、妻と兄の場合と同じように、遺言書に書いてないのに、遺産額の大半になる8000万円をBに相続させる遺言があるのと同じ扱いはできません。通常は、遺産の中から特にAに相続させたい財産があり、「2000万円相当の特定の財産をAに相続させる」という遺言を書いたと解釈されます。そして、残りの8000万円は、次のようになります。

  この場合、Aに相続させるという2000万円分はAに対する特別受益になります(*1)
 この場合は、 Aが遺言で2000万円の財産を受けたので、残った遺産は、8000万円になりますが、Aの特別受益の2000万円を、8000万円に加算します。つまり、遺産が1億円になります。法定相続分は、AもBも1/2なので、5000万円ずつになります。そして、Aは2000万円の特別受益を受けているので、残りの財産(8000万円分)のうちから3000万円分を取得することになります。そして、Bは残りの5000万円分を取得します。
  つまり、この場合は、遺言書に書いてない8000万円分の財産を、Aが3000万円分、Bが5000万円分相続したことになり、この割合で遺産分割協議をすることになります。(*2)

(*1) 特別受益というのは、共同相続人の一人に対して、被相続人が特別な利益を与えたというケースです。遺言の場合に限りません。多くは、被相続人がまだ生きている時に行われます(生前贈与です)。例えば、相続人の1人(子の1人)に、その子が家を建てる資金を贈与したというケースがあります。この場合は、相続財産の前渡しと考えて、相続の時に、「お前はすでに前渡しを受けているのだから、その分は、今回の相続から差し引く」という処理をします。そして、生前贈与の場合だけでなく、遺言でも同じような処理をすることになります。(▲本文へ戻る

(*2) ここでは、遺言の中に「Aは2000万円を戻す必要がない」と書いていないことを前提としました。書いてある場合には、先ほどの2の(2)で説明したように、残った8000万円を、AとBで1/2ずつ(4000万円)分けることになります。その結果、Aは合計で6000万円を取得し、Bは4000万円しか取れないことになります。(▲本文へ戻る

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(2) 1億円のうち6000万円を相続させるという遺言の場合

 次に同じAとBが相続人で、遺産総額1億円分のうち、6000万円分についてAに相続させるとだけ書いてある遺言書がある場合です。

 この場合、残った遺産は4000万円になります。この場合も、遺産総額は、1億円になります。法定相続分はAもBも5000万円なので、Aは残った遺産からは何ももらうことはできません。Bが残った遺産4000万円を相続することになります。

 しかし、残った遺産4000万円では、Bの法定相続分5000万円に、1000万円足りません。この場合、BはAが相続することになった6000万円の中から、自分の法定相続分(5000万円)の不足額1000万円を取り戻すことができるでしょうか。

 結論を言うと、それはできません。この説明の仕方は2通りあります。

 1つめの説明は、「特別受益で調整できるのは、特別受益を除いた4000万円の財産の中からしかできない」と法律に書いてある、という理由です。そのため、Aは、4000万円の財産で調整できなくても、それ以上、Bに支払う必要がない、ことになります。(*1)

 2つめの説明は、遺言者がそういう遺言をしたのだから、Bは諦めろ、ということです。
 遺言は、法定相続分とは異なる「相続分の指定」もできることになっています。財産が1億円の場合に、Aに6000万円を相続させるという遺言は、Aに対して、法定相続分を超える「相続分の指定」があったとみられます。つまり、「Aには6000万円、Bには残り4000万円の財産を相続させる」と書いてあるのと同じだと理解されます。このため、Bは残った4000万円しか相続できません。説明の仕方としては、こちらの方が分かりやすいと思います。

(*1) Aは遺言で6000万円受け取るのだからおかしいじゃないかと思う方もいると思います。特にBの立場ならそう思うでしょう。しかし、特別受益が生前贈与だった場合を考えてください。Aが過去に6000万円を受け取っていたとしても、遺産が4000万円しかない場合、Aはその4000万円から何も受け取れないのは仕方がないとしても、以前にもらっていた財産(すでにA自身の財産です)の中から、1000万円払えと言われると「今さら何だ」ということになります。法律では、このAの立場で処理することにしています。そして、遺言書で特別受益をする場合も、同じ扱いすることになっています。(▲本文へ戻る

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(3) 1億円のうち8000万円を相続させるという遺言の場合

 同じ例で遺言書に「Aに8000万円相続させる」と書いてある場合ですが、この場合、残った財産は2000万円しかありません。
 AもBも法定相続分は、5000万円ですから、Aがこの2000万円から何も取れないのは当然ですが、(2)で説明したように、Bは2000万円しか取れないことになります。

 ところが、Bは遺言者の子ですから、法定相続分の1/2の遺留分を持っています。つまり、2500万円の遺留分があります。
 そこで、Bは、遺留分に不足している500万円について、Aに対して、遺留分侵害の請求ができます。つまり、500万円のお金をAに対して請求できます。(*1)

(*1) 2019年7月1日よりも前に遺言者が亡くなった場合には、遺留分減殺請求と言って、BはAが遺言で取得した8000万円の財産について、500万円相当の権利を主張できました。8000万円の財産が不動産なら、そのうち、1/16について、不動産の持分を取得します。ただし、ほとんどのケースでは、AがBに500万円を支払って終わっていました。2019年7月1日以降に遺言者が亡くなった場合には、Aは8000万円の財産を取得して、Bに500万円をお金で支払えばいいことになりました(遺留分と遺留分侵害については、「遺留分とその行使」をご覧ください)。

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4.現実にはやっかいな問題が残ります

(1) 財産の評価の問題

 例題では、「1億円の財産のうちの2000万円」などと簡単に書きましたが、相続財産が預金だけの場合には、それでいいのですが、実際にはそんな簡単な話ばかりではありません。

 現実には、「自分の財産のうち、○○の不動産をAに相続させる」という遺言だったりします。
 つまり、この○○という不動産の評価額が2000万円で、その他の財産との合計の評価額が1億円という評価ができて、ようやく、先ほどのような話になるわけです。

 しかし、特に不動産の場合は、評価額をいくらにするのかで、共同相続人間でもめます。例えば、遺言書に書いていない財産が預金だけだとした場合、Aに相続させるという不動産がいくらに評価されるかで、預金をどう分けるのか決まることになります。Aにしてみれば、できるだけ低く評価されれば、預金を沢山もらえることになります。逆にBの立場からすると、Aがもらえる不動産が高く評価されれば、預金から沢山取れることになります。(*1)
 預金ならまだしも、Aに相続させるという不動産以外にも不動産があった場合には、その評価額がいくらかでAとBが、最終的に取れる額が変わります。

 しかも、相続人がAとBの2人の場合で説明しましたが、 相続人が3人以上の場合もあります。基本的には、説明した考え方で処理しますが、実際には、非常にややこしい話になります。

(*1) せっかくもらえる不動産の評価額が低いよりも高い方がいいではないか、と思いますが、同じ不動産でも、評価額はあいまいです。もらえる不動産自体は変わらないのですから、遺産分割協議や調停の場では、有利に評価されたいと思うわけです(後で実際に売った時に、高く売れたからと言って、問題にはなりません)。
 自分に有利になるように資料を出し合ったりしますが、評価について合意が成立するか、家庭裁判所の調停の時に家庭裁判所が選任した不動産鑑定士が鑑定するしかありません。 (▲本文へ戻る) 

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(2) 不動産の登記

 1億円の財産がある場合に、Aに6000万円の不動産を相続させるという遺言がある場合、残る4000万円をBが取得することになることは、先ほど説明しました。

 ところで、Aは、遺言書があるので、これを使って法務局に申請すれば、6000万円分の不動産の登記名義を自分のものにすることができます。
 ところが、Bの場合は、4000万円が不動産だった場合、「Aに○○の不動産を相続させる」(この○○が6000万円相当の不動産です)という遺言書だけでは、4000万円の不動産の登記名義をBのものにすることができません

 Bが登記申請をするためには、Aから「Aには相続分がない」という証明書と印鑑証明をもらう必要があります。Aがこの証明書を出してくれない場合には、家庭裁判所に調停の申立をする必要があります。

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弁護士 内藤寿彦(東京弁護士会所属)
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